その答えなら「はい」か「イエス」で

「おい、ラディッツ。お前結婚しろ」
「……ハァ?」
久し振りに対面した父親、バーダックから開口一番に言われた台詞にラディッツはぽかんと口を開けた。
今何と言った?結婚しろと言ったか。
「ほら、少子化深刻なんだって聞いたことあるでしょ?適齢期の子供がいたら早めに結婚させろって話が出てるんだよ」
バーダックの後ろから現れた母親が、父親の足りない言葉を補足する。
なるほど、つまらない話だと一蹴するのは簡単だがその問題は前々から解決を見ぬ平行線上で何度も議論されていることである。
結局のところいつも着地点はサイヤ人に家庭を顧みる個体が何人存在するのかということになるのだ。
目の前の父親はどちらかと言うと放蕩者の部類に入るであろう。家庭にいつく性質ではない。
しかしそれを健気に待つ母親や子供がいたからこの家庭は成り立ったのだ。
幼いラディッツが父親の不在を淋しいと思う以上に母親であるギネが目一杯可愛がってくれたから今の現実があるのである。
ついでに言うと、弟であるカカロットがいたのも良かったと思う。親が見張っていなくとも、誰かが常に傍にいる環境があったことが兎に角大きい。
家庭のような小さな単位は簡単なことですぐにヒビが入り、それを傷と認識出来ぬまま呆気なく崩壊してしまうものなのだ。
そしてサイヤ人はその本能や特性上、そのヒビのケアが得意ではないと言えた。
好戦的なメス個体がこの地表に縛り付けられることをどれだけ厭うだろうかということは想像に難くない。
つまり最終的には結論の出ぬままに有耶無耶になるのがこの問題なのである。
故にそんな議論の矛先が回ってきたことは、ラディッツにとって本当につまらないことだったが同時に驚いてもいた。
毎度毎度何処そこの息子の誰それに鉢が回って来たらしいと噂程度に伝え聞いてはいたものの、まさかあの父親の口から「結婚しろ」と言う言葉が出てくるとは。
しかしこの父親の命令を遂行するには一つ大きな問題があった。
「俺としては相手もなしにどうやって結婚するのか大いに疑問だな。残念ながらしたくとも相手がいないだろ」
そう、結婚とは相手がいて初めて成り立つ契約の一種である。
如何に命令を遂行したくとも独りで結婚は出来ない。果たしてバーダックは、息子がこっそりと相手を作っているとでも思っていたのだろうか。
適齢期と言われればそうかも知れないが、結婚出来る歳になったという事実だけで相手が出来ればサイヤ人という種族は少子化なぞに悩んではいないだろう。
そんな皮肉もたっぷりと込めてラディッツは先の台詞を宣ったわけであるが、生憎とバーダックはそんな息子に底意地の悪そうな笑みを浮かべてみせる。
「ほおぉ。それは相手がいれば結婚するってぇことか?」
「いればな」
しかし実際はいないのだからどうしようもなかろう、と続けようとしたラディッツの言葉を遮るバーダック。
「そいつは丁度いい話だ。てめぇが良いっていう奇特な女が一人立候補してる。明日にでも祝言だな」
「ハァ……?」
何を言っているのだ。
バーダックの台詞が一言一句理解出来ない。
寧ろあれか。久しぶりに会う息子を悪趣味な方向で揶揄ってやろうとでも思ったのだろうか。
正直全く笑えない冗談ではあるが、愛想無しの父親にしては頑張った方なのかもしれない。ここは素直に笑ってやるべきなのか……。
「良かった良かった。私も娘が欲しいって思ってたんだよねえ。ラディッツの手も離れるし良いことばっかりだよ!」
「……は?」
「善は急げっていうじゃないか。ラディッツ、早く会いに行ってあげなよ。家の外で待ってるらしいから」
「…………いや!いやいやいやいや!!何言ってるんだ、お袋……、これは親父の性質が悪い冗談……」
「こんなくっだらねぇ冗談、俺が言うわけねぇだろ。まさかこんなにあっさり片付くとはなァ。どうやって宥めすかすか考えてたけどよ、お前も乗り気なら罪悪感もねぇや」
おら、行ってこい。
と、玄関口まで追いやられ、ラディッツは呆然と両親を見る。
ギネはにこにこしているしバーダックは既にいつもの愛想のない無表情だ。
「いやいやいや。嘘だろ?二人して俺で遊んでるんだよな?」
頼む嘘と言ってくれ。これが本当に嘘でも怒ったりしないし、グレたりしないから。
しかしそんな願いも空しく。
「ラディッツ、女の子待たすもんじゃないよ!」
最終的には母親に背中を押される形で家から出されてしまった。
前のめりに押し出されるような格好になってしまったので、扉のすぐ前に誰かがいたらぶつかっていたかもしれない。が、ぱっと目につくところには誰の姿もなかった。
「……?」
今度こそ本当に担がれていたのだろうか……微かにそんな考えも頭を過ったが、すぐに少し離れたところからこの家を伺っている視線にぶつかる。緊張の面持ちで僅かに俯いた角度から、上目にラディッツを見つめる女がいた。
ぎくりと体が強張る。
女は多少躊躇うような仕草を見せたものの、意を決したようにゆっくりと近づいてきた。
ラディッツほどの長さではないがサイヤ人にしては落ち着いた様相の長い髪に見覚えがある。
遠慮がちな視線にも強い既視感を覚えた。
遠征任務の都合上、下級戦士の顔はある程度知っているつもりだが、彼女には既視感を感じても見覚えがあるという感覚は湧かなかった。
それがどういう意味を示すのか分からないラディッツではない。
しかし、それを頭ごなしに受け入れることも出来なかった。もし脳内に浮かんだ仮定が全て当てはまるのであるならば、彼女はとてつもない奇人変人の類と言わざるを得ない……。
「……久しぶりって言うのも……変かな。あたしのこと、分かる?」
おずおずとした物言いも全くサイヤ人らしくない。男女問わず気が強く勝気なのがサイヤ人の基本的な気性だ。
だけど薄れかけた幼少期の記憶の中に、そんなサイヤ人が存在したことをラディッツは思い出す。
それは薄暗い深海の底で、僅かに舞い上がった砂の中から目当ての宝石が偶然顔を見せたような感覚。不意に思い浮かんだ名前を反射的にラディッツは口にしていた。
「……、……?」
自信なさげに俯いていた彼女が弾かれたように顔を上げる。
頬を紅潮させて両手で口元を覆い、瞳を僅かに潤ませて。
良かった。名前は当たっていたようだ。正直遠くから顔を見たことがあるだけという印象しかないから名前も自信がなかったのだ。
しかしこのことによりラディッツは、先程脳内に浮かんだ仮定が仮定ではなくなったことを知る。
は確かカカロットより一つ年上の、女のサイヤ人。
そして、既視感でしか図れない彼女はやはり下級戦士ではない。
当時は幼すぎて階級制度のことは良く分からなかったが、は間違いなくエリートと呼ばれる選ばれた側の生まれだった。
ただ、特段仲が良かったわけでもなく、エリート出の彼女にラディッツが関わる機会など殆ど無かったと言っても過言ではない。
そんなが何故ここにいるのだろう。
バーダックが下級戦士であることは周知の事実である。隠していないのだから当たり前だ。そしてそんな父親から生まれたラディッツも同じく下級戦士である。そこに疑う余地はない。
子供を作れ、生め殖やせ、などと言うつまらない議論に巻き込まれるのも末端に生まれた宿命とでも言えばいいのか……つまりラディッツが今こうして謎の見合いをさせられているのは下級戦士という生まれから雑事を押し付けられているに他ならない。
しかし目の前のは違う。
彼女は選ばれた側に生まれついているのだ。
その気になればラディッツ達のような下級戦士を顎で使って、自身は何一つ汗をかくこともなく惑星の一つや二つを制圧していてもおかしくはない立場なのである。
では何故エリート出のが、下級戦士と見合いなどと言う意味不明の決断をしたのだろうか。(しかもバーダックの話では立候補したという。普通に考えてあり得ない話だ)
「……あの、ラディッツは、……その、もう結婚したい人がいたり……するのかな……」
「お前を含めて誰一人そんな女はいない」
棘のある事を言った自覚はあったが本心でもある。
趣味の悪い冗談が続いているにせよ、これが全て本当の事であったにせよ、この一言で折れてくれれば良いと思っていた。
殆ど睨み付けるようにを注視しながら彼女の出方を伺う。
「あ、あは……はっきり言われると……ちょっと悲しいな」
心なしか大人しい髪がさらにしゅんと萎れた雰囲気さえ含ませながら、は気まずそうに視線を外した。
「命令すればいい。そうすれば俺はお前の言う通りに動かなくてはならなくなる」
煩わしい階級制度だ。
そこに大きな義務を発生させるわけではない筈なのだが、実質のところ戦闘力にものを言わせれば下級戦士を意のままに出来るのがそれなのだから。
しかしは意外にも首を横に振ったのである。
「ううん。命令は、嫌なの。……だから、希望だけ伝えるね」
すう、とが小さく息を吸った。
相変わらず頬は紅潮したままだし、緊張のせいか目の縁には微かに涙が溜まっているようにさえ見える。
だけど、ラディッツを改めて見つめる視線は凛々しかった。
「ラディッツ……あたしを貴方の妻に、してほしい」



全て自由にして良いと言われると、逆にどうして良いか分からなくなるものなのだな……とラディッツは思う。
普段命令される立場の自分が、難易度の高い自己性を求められると思考回路に不具合が生じる……と、いうことをとの一件で学んだ。
『妻にしてほしい』
はただ一言そう言っただけだった。
故にこうしろ、だからああしろ、そんな命令は一切口にすることなくただただ望みを伝えただけだった。
既にラディッツ自身も、これが手の込んだ嘘や芝居などではないことを理解せざるを得なくなっていた。
人生の大きな決断を迫られて訳もなく視線で左右を見渡す。
普段の遠征であればそこには同志たちがいて、手なり知恵なりを貸してくれただろう。
しかし今だけは、ラディッツはたった一人で決断しなければならないのだ。
すぐ後ろの家の中にいる両親ですら頼れない。
一つだけはっきり分かることは、もしここでの希望を突っぱねてしまったら二度目はないということくらいか。
エリート出の彼女がどういう気まぐれでこんなことをしているのかは本当に分からないが、下級戦士に恥をかかされたとなれば二度目の交渉などしてこないことは明白である。それどころか家名を振りかざして復讐してくるなんてことも……。
まあ多少の嫌がらせが横行したとしてバーダックが甘んじてそれを受けるとも思えないのも事実なのだが。
兎に角ラディッツの脳内には一瞬にして膨大な想像が駆け巡った。
利益と不利益。
天秤にかけるべき交渉内容。
了承したら?
或いは拒絶したら?
そもそも彼女は何故こんな酔狂な話を自身としているのか?
実は似たような議論が上がる度に誰かに鉢が回ってきたと噂は聞いていたものの、実際くっついたという話は殆ど聞いたことがなかった。
後々本人と会った時に真相を確かめたら、祝言の時期が重なってしまってそんな風に憶測されただけだと返されたこともある。
ラディッツはまだまだ若手と言われる時期の真っ只中である。しかし同年代の者で番を得た者も既に何人かは存在していた。
彼らを見る度に、いつかそういう未来がラディッツ自身にも訪れるかもしれないと思ったことはある。漠然としたとりとめのない想像ではあったが、そこには今とは違うが確かな繋がりが発生するのではないかとさえ。
今、から差し伸べられた手がその繋がりを具体的に示しているのか。
嗚呼、今がその時なのだろうか────。
目の前で緊張に小さな体を更に小さくしている彼女を見て、不具合の出た思考回路が殊勝な態度に絆されたのかもしれない。
それともただオスの本能が、自由に交尾できるメス個体を手に入れよと思わせただけだったのかもしれない。
今でも理由は全く釈然としないものの、最終的にラディッツはあの場での希望を受け入れたのである。
そしてラディッツが色よい返事をした後はあれよあれよと話が進み、バーダックが当初言った『明日にでも祝言だ』という程の短期決戦ではなかったにせよ、あっという間に二人の婚姻という契約は完了してしまった。
特にエリート出身の女が下級戦士の男を選ぶのは極めて珍しいことなので、全てが完了するまでは外野も相当に喧しかった。(逆はままあったりする。多くは愛人という体をもって、下級戦士のメス個体が優秀なオスの子を成そうとするのは珍しい話ではない)
特に同世代の「どうやってエリート出身の女を掴まえたのか」という質問が何度も何度も何度も何度も投げかけられて辟易した。その答えなら寧ろラディッツが聞きたいくらいだというのに。
嗚呼、それにしても。
「……落ち着かねぇえ……」
幼少期の姿くらいしか知らない程度で、妻になりたいと言われた時に初めて成年になった姿を見たといっても過言ではない間柄。
どうも一方的にの方はラディッツを知っているようだったが、一連の婚姻関係の行事が終わるまで二人でゆっくり顔を合わせることもあまりなかった。
漸く全てが済んで、さあ後は二人でやって行けと放り出された格好のラディッツは、生まれて初めての他人との共同生活に早くも不安を覚える。
遠征とはわけが違う期限も何もない二人暮らし。
一体どう振る舞えばいいのやら。いやそこは普通でいいのだろうけれども、何だか色々考えてしまってその普通という事柄が今一つ分からないような気分にさえなってくる。
「ラディッツ」
「うわびっくりした何だよ」
不穏なことを考えている時に、不意に声を掛けられて、文字通り飛び上がりかけた。
「折角だから飲み物でもどう?あたしが用意するから」
「あ、ああ……。じゃあ、適当にコーヒーでも……」
エリートがまさかのお茶汲み発言をしたことに驚愕しつつもぎこちなく答えてみると、は素直にうなずいた。
そのまますっとキッチンに消えていく後姿を見送る。
見送った後は静寂だけが残った。
「うおぉ……落ち着かねぇえ……」
自分で準備しているならともかく、顔見知りというほどの知り合いですらないエリート女に何かを頼んだという事実が尋常ではなさすぎる。
常識外の事に直面するとそわそわするのだなと思いながら待つこと暫し、がお盆を持って涼しい顔で戻ってきた。
机の上にそっと乗せられたお盆の上にはカップと陶器の紅茶のポット。
恐らくその両方を彼女が持参したのだろう。この家のキッチン周りの準備をしたのは彼女だった。
しかしお盆の上の内容に違和感を覚えてラディッツは眉を顰める。
「……?お前これ……」
「え、っ……。こ、コーヒーを用意した……けど?何かおかしい?」
「おかしいというか……何故紅茶ポットがあるんだ?お前が飲むのか?」
その割には二つ用意されたカップには何も注がれてはいない。
紅茶をが飲むにしてもラディッツの注文はどこへ行ってしまったのか。
変だなと思っていたら、何となく辺りにコーヒーの香りのようなものが微かに漂い始めた。
いや待て。これはもしかして。
「おい、まさかその紅茶ポットにコーヒー淹れてないよな……?」
「……い、いれました……」
わぁお。
ラディッツが恐る恐る紅茶ポットを開けてみると、中ほどまでに満たされたお湯とその中に沈む丸々とした黒い豆が見えた。
挽かずに入れたのか、コレ……。
「分からねぇなら無理して変なこと言うなよ……。俺がやるからは座ってろ」
「ご……ごめんなさい……。ある程度は教えてもらったんだけど、その、一気に教えてもらったから色々頭の中で混ざっちゃって……」
さっきまで涼しい顔をしていたは一転して眉を下げて困ったように頬を赤くしている。とはいえこんなのは可愛らしい失敗と言えるだろう。階級制度のヒエラルキーを鑑みれば正直何とも思わない。
座っていろと言われたはしかし、それに素直に従うことなくキッチンへ向かおうとするラディッツの腕を掴んだ。
「あの……ラディッツが迷惑じゃなかったら隣で見ててもいい?次はあたしも出来るように」
「お、おう……そーだな……」
腕を掴んだの手が想像以上に柔らかくてどきっとした。努めて顔には出さないが。
キッチンまでちょこちょこと素直について来るの様子も正直に言って悪いものではないと感じられる。
戦闘民族のエリート様にお茶汲みを教える日が来るとは思わなかったが、ラディッツの手元を真剣に見つめる新妻の様子はちょっと可愛らしくもあり微笑ましくもあり……。
……前言撤回、まあ不安もあるけれど、未来に悪いことばかりが待っているわけではなさそうだ。
一連の流れを説明しながら二人で並んでキッチンに立つこと暫し、漸くカップに注がれたコーヒーを持って元の部屋に戻ってくる。
三人掛けくらいの余裕があるソファの上に、ラディッツは何気なく腰を下ろした。そう、いつも自宅でやっていたような調子で何も考えずに座ったのだ。
そうしたら真横にが座ったのである。
彼女はさも当然かのような自然な流れで、腕と腕が触れてしまうくらいの位置に座ったのだ。
先程腕を掴まれた時と同じくらい心臓が跳ねる。
一人どぎまぎするラディッツを余所に、カップを両手で持って一度啜った後、はこんな一言を呟いた。
「知らなかった……コーヒーって豆を潰した煮汁で出来てたのね……」
えっそこからなのかアレちょっと待てコーヒーでこれだったら今後の食生活は一体……。
一人ゾッとするラディッツに、は恥ずかしそうにはにかんだ。
「淹れてくれてありがとう。凄く美味しい」
「……おぉ……そりゃ良かったな……」
褒められるのは満更でもないが、複雑な気分だった。なんせ前言撤回を撤回しなければならないかもしれないのだから。



ラディッツの大方の予想はそれなりに当たっており、夕食も結局ラディッツが準備する運びになった。
しかしも家で色々と詰め込まれたと言うだけあって包丁は流暢に使っていたし、調理をするラディッツをじっと見ていたりもしたので、恐らくは圧倒的に経験が足りないだけなのだと結論付けることになった。
ぎこちないながらもぽつりぽつりと会話を交わし、食事も終盤に差し掛かったところでふとがこんなことを言い出す。
「あの……この後って……」
「この後?」
「そ、そう……この後ってラディッツに任せればいいの、カナ……?皆大体それでいいって言ってたんだけど……」
歯切れ悪く視線を逸らす姿に罪悪感を感じ取ったラディッツは、食事の後片付けなど別に気にすることも無かろうにと思いながら。
「別にいいぞ。任せておけ」
と、軽く返答をした。
するとの頬がかっと赤く染まる。
意味不明な反応にラディッツは訝しく思ったが、敢えて追及はしなかった。……と言うよりも皿洗いなど彼女がする方が変なような気もしていたのだ。
の要求は至極まともに思えたので普通に返事をしたつもりだったのだが、何か気に障ったのだろうか。
「あ……もしかして……慣れてる、のかな……?」
「慣れるも慣れないも普通の事だろう?」
「えっ、そ、そうなの……!?ご、ごめんなさい、あたしあんまりそういうこと詳しくなくて……」
「だろうな」
食後の皿洗いを彼女が積極的に家でやっている姿など想像もつかない。それくらい積極的にキッチンに立っているのなら最初のコーヒーがあんな無残な姿になることもなかっただろうに……。とまでは言わなかったけれど。
しかし様子を見ていたら、が何故かどんどん赤い顔になっていく。
しまった良く分からないが怒らせたか。
一日目にして離婚は拙い。とりあえず謝っておくかと口を開きかけたラディッツ。
だが、それよりも一呼吸早くが凄い勢いで立ち上がる。
「じゃ、じゃああの、あの……あたし、お風呂、入ってくるから……部屋で、待ってるから……こ、今夜は宜しくお願いします……!」
赤い顔で逃げるように走り去るの捨て台詞にラディッツは戦慄した。
待て待て待て、彼女が言っていたことは食後の片付けの話じゃなかった。
そういえば今夜は初夜というやつではないか。
どうしても脳内に残っている幼年体のがラディッツには強くインプットされており、男女の沙汰なぞ想像もしていなかったのだが、実際のところ婚姻を果たしたオスとメスが初めて同じ床に就くのが今夜なのである。
だから彼女は赤い顔をしたのか……。
だから彼女は慣れているかと聞いたのか……!?
違う慣れているのは食事の後片付けなのであってそういうことでは決してない。
大前提としてラディッツは童貞なのだ。
興味がないわけでは決してなかったが(人並みくらいには自慰の経験もあるし)、火遊びはあまり趣味では無いというのが本音なのだった。
それは偏に家庭が影響していると言える。
サイヤ人同士にしては珍しく恋愛結婚を果たした両親は、ぶっきらぼうながらも愛情深い父親像と掛け値なしの無償の愛を注ぐ母親像を息子に植え付けたのである。
この両親のようになろう、とまでは言わないが、それでも両親はラディッツの一つの理想形を築き上げてしまったというわけだ。
お陰様で童貞など後生大事に持っておくようなものではないと思いつつも、望まれない子を殖やすことは決して種族のためにはならないというのが持論にもなった。
故にラディッツは火遊びに誘われても気が乗らず、断り続けてきたのである。
しかしまさかが初夜の事に言及しているとは全く思い至らなかった。
遊び慣れた男であるという遥かなる誤解をさせたまま見送ってしまったことになる。
誤解を解きに……など、行けるわけもない。は風呂に入ると宣言して出て行ったのに、そんなところへ入っていくなどとんでもない。
ふと、皆はどうしているのだろうなぁという気分になった。
勿論そんな質問を投げかけられる相手は誰一人として今この場にはいない。
丁度に選択を迫られた時のように、誰も手を差し伸べてはくれないこの瞬間をまた味わうことになるとは。
嗚呼、と深い溜息が出る。救いは彼女が「良く知らない」と言ったことか。
が男女の沙汰を良く知らないのなら、ラディッツがデタラメなことをしでかしても気付きはしないだろう。
何しろ、ラディッツ自身も良く知らないのだ。



ひたり、と裸足の足を止める。
部屋で待っていると告げたは、間違いなくこの部屋にいるのだろう。
意を決してそっと扉を開けると、薄暗い部屋の奥の寝台の上に座っている彼女の姿が見えた。
恐らく足音が聞こえていたはずなので驚いた風ではなかったが、視線を逸らして俯いてしまう。
「……待たせて悪かったな」
実際後片付けをしていたのでそれなりに彼女を待たせた自覚がある。
しかしの方は小さく首を横に振った。
緊張しているのか無言だが、それはラディッツも同じである。
やや怯えてさえいる様子のにつかつかと歩み寄り、細い肩を掴んだら急激に身を強張らせた。当然であろうと思いつつも、その肩を寝台の上に押し付けるようにして覆い被さる。
ひっとが喉を引き攣らせながら息を吸い込んだのが分かった。ラディッツも同じような心持ちだった。多分こんなことが出来るのも、が遊び慣れた男であると遥かなる誤解をしてくれているおかげなのだ。
だけど行為の前に、どうしてもその誤解は解いておかねばならない。
「……誤解を」
「え……?」
「お前がしているかもしれない誤解を解きたいんだが」
「誤解……?」
「……俺も、慣れてなどないぞ」
「!」
「……それどころか、初めてだ」
「えっ、……でもさっき」
「あれはお前が食事の後片付けの話をしていると思ったんだ。慣れてりゃそんな勘違いもなかったかもしれんが……説得力にはなるだろ?」
「そ……だったんだ、……良かった……今までの女の人たちと比べられたらどうしようって、凄く不安だったの」
「そんな悪趣味な真似するか」
これは火遊びを一切してこなかったから言えるのかもしれないが、安心して破顔するこの目の前の妻以上に可愛い女などいないと思う。
そんなが今から自分のものになるのだ。名実ともに自分だけのものに。
思わず、喉が鳴る。
眼下のは、戦闘服でも私服でもなく、薄い寝間着で普段よりずっと無防備に見えた。
の滑らかな体のラインを意識すると自然と呼吸が浅くなる。
「な、なぁ……いい、か?」
「ん……ラディッツの好きにして……」
言葉を態度で示そうとしたのか、は前袷になっている寝間着の合わせ目にある紐を自ら解いて見せた。
これで後は合わせ目を開けば彼女はもう殆ど何も着ていないも同然になるだろう。
好きにしてと言われたのだから罪悪感を持つこともないはずである……と、自分に言い聞かせてラディッツはの寝間着に手を掛けた。
「っ……」
息を飲んだのはなのかラディッツなのか。若しくはどちらもだったのかもしれない。
滑らかな清い肌が暗い部屋の中で薄ら浮き上がって見える。は半年ほど前に成年体になったばかりだという。まだ細い体だが既に女特有の曲線が顕れ始めていた。
躊躇いを感じつつも興味を惹いてやまない胸に触れてみる。
「うわ、柔らけぇ」
「ん、ご、ごめんね……あたしまだ成年になったばかりで……その、全然大きくなくて……」
いやもう正直サイズなどどうでもいい。
膨らみ始めた胸に触れただけで猛烈に興奮した。
ふにゅりと柔らかく、僅かに指が埋まるこの感触……自慰の時に想像くらいはしたことがあるが現実に触れていると思うと脳内が沸騰する。
本能に急かされるのまま、ぷつんと可愛らしく上を向いている乳首に唇で噛み付いた。
「きゃんっ、あ、あぁっ……やぁ、舐めちゃ……っ」
立ち上る肌の香りの甘いこと。
だけの甘やかで滑らかな肌の舌触りも癖になる。
「はぁっ、はぁっ……、嫌、なのか……?」
「や、じゃ……ないけど……っ、は、恥ずかしいぃ……っ」
見ないでと両手で顔を覆われてしまった。
しかし嫌ではないなら構わないかと、ラディッツは更にの乳首を舐めしゃぶる。
空いた方も弾力を確かめるように捏ね回した。合間に乳首を抓み上げると細い腰が敏感に跳ね、思わぬところで体が密着する。
どうしても羞恥が勝つのか身を捩って逃れようとするのを押さえつけて存分に味わった後、更に未知の部分に指先を伸ばす。
「ひゃっ、ま、待って、そこだめ……!」
太股を撫でさすり、内股を辿って際どいラインをなぞっていると、が抵抗するようにラディッツの手を掴んだ。
「こんなところ……触ったら汚しちゃう……」
「何をふざけたことを……」
に触れて汚れるなんてことがあろうはずもない。
恥ずかしがって弱々しい抵抗をするの下穿きを掴むと、力任せに引き下ろした。
「うぅぅ、恥ずかしくて死んじゃうよォ……」
流石に誰にも見せたことのない部分を曝すとあって、羞恥心から彼女の内股に力が籠もる。
しかしそんなの膝を掴んで割り開くと、ラディッツは屈み込んで無遠慮にも顔を近付けた。
じんわりと濡れたそこは鮮やかに充血しており、発情したメスの匂いがオスを誘う。
「見ちゃダメ、見ちゃヤダ……!」
「こんなエロい匂いさせて何言ってんだ……」
押し返そうとする小さな手を掴んで避けながら、迷わず滲んだ愛液を舐め取る。
押さえつけた彼女の内股が過敏に反応したが構わずに啜った。口内を満たすねっとりとしたの味を、喉を鳴らして飲み込む。
「はぁ、あぁぁ……、あ、舐めるなんて……っ、やだ、もぉだめぇ……っあぁ、ンん……っ!」
柔い肉を押し広げ内側のぬかるみを舌先で上下すると、の腰が僅かに浮き上がった。
はっはっ、と苦しげな息遣いも聞こえてくる。
慎重に舌先を押し込むと、途中で抵抗が強くなった。
「んんっ、やだっ、何か、ナカに……入るう……っ」
誰にも触れられたことのない粘膜の奥。感じたこともない異物感にの肌がぞわりと粟立つ。
彼女の浅い呼吸が更に浅くなり、内股が強ばるのを感じ取ったラディッツはゆっくりと顔をあげた。
「嫌か、……?」
「や、って言うか……違和感、凄くて……」
見上げた先のは眉を下げ、目尻に涙を溜めている。
態度に僅かな拒否を覚え、ラディッツは押し広げた浅い部分を舌先でなぞってみることにした。
「あぁ……、あー……っ」
途端の声音に先程までのような甘い色が戻ってくる。
これが良いのだと確信し、何度も同じように舐めていると、ふとの反応が変わる瞬間を見つけた。
いやらしく腰が跳ね、一際声が高くなる部分が……。
「は、あ、あ!ら、らでぃ、つ……っ、何で、そこ、ばっかり……あ!あぁ!」
舌先に触れるぷっくりとした感触。
これが好きなのか。唾液を塗り広げるように舌の腹で舐め擦る。
「はぁ、あっ、はあっ、ああぁぁ……」
の入り口からは先程とは比べ物にならない程の愛液が滲んでおり、指先を触れさせても拒絶の反応は見られない。
慎重に彼女の体内へ指先を埋め込んだ。
「んっ、はぁ……」
悩ましげな溜め息を漏らすは、しかしやはり拒絶の言葉を口にはしなかった。
ただ、敷布をきつく掴み静かに耐えている。
ぬろりと温かく蠢く体内の感触。の中は狭くてぬかるんでいて不思議な感触がする。
彼女を舐める舌を動かしたら体内が劇的に戦慄いた。
嗚呼ここに受け入れられたらどんな感覚なのだろう。未知の世界への好奇心と期待でラディッツの下半身が熱くなる。
「あは、あ……ら、ラディッツ……も、舐めるの止めて……なんか、変だよぉ」
「変って……。気持ち悪いのか?」
「そうじゃ、ないけど……、お腹の中、苦しいっていうか……きゃうんっ」
どう変なのかと小さな膨らみをやんわり吸ってみれば可愛らしい声を上げるではないか。
徐々に深く潜り込んでいく指先で体内をなぞりながら、ラディッツは軽く吸っては離しを繰り返す。
「これなら良いんじゃないか?舐めてはないぞ?」
「やっ、もォ……っ、あ、あっ……!やだぁ、なんか、っだめ、あっ、うそ、気持ちイ……っ!」
溢れる愛液を啜り上げては舐め回すとの腰が何度も跳ねた。
その度に突き立てた指が柔らかく締められる。
先を思わせる動きに誘われるように、彼女の味を堪能していたら、突如がびくっと爪先を軽く振り上げた。
「あーっ、やだやだ……!あっ!あっ!あ──っ!」
そのままがくがくと下腹を波打たせながら細い体が小さく跳ねる。
体内も合わせて断続的に脈打っているのが指先越しに分かった。
「はあぁぁ……なに、すごく、きもちよかった……」
はあはあと肩で息をしながらベッドにぐったりと沈みこむ
どうやら間違ったことはしていなかったようだと思いながら、ラディッツはそんなに覆い被さる。
「なあ……そろそろ俺も……」
彼女の柔らかな太股を持ち上げて、その間に体を捩じ込んだ。
初めて触る雌の体に興奮しきった勃起の先端を、の入り口に押し付ける。
「うわ、すげぇ……ぬるぬるしてやがる」
これだけで相当気持ち良いのだが、今からこれをのじっとりと濡れた狭い場所に突き立てるのだ。
嗚呼想像だけで堪らない。
早く先へ進めと本能が急かしている。
「はぁ……ま、待って、ラディッツ、待って……」
そんなラディッツを引き留めるか細い声が。
「な、何だ?今更止めると言われても俺はもう」
「あたし今、凄く嬉しい。好きよ、ラディッツ。……嘘でいいから……貴方も好きって言って……」
見下ろせば、恥ずかしそうに視線を逸らしたが目に入ってくる。
乱れた髪、赤く色付いた頬、微かに上下する胸元。
そう言えば、彼女から妻になりたいと意思表示されたことはあっても、彼女の夫になりたいと意思表示をしたことはあっただろうか。
あの時確かに了承はしたが、を好きだと言ったことは一度もなく。
「……好きだ」
言いながらゆっくりと腰を進める。
想像通り彼女の体内は温かく、そして想像以上に狭かった。
「んぅっ、あ、はぁ……っ」
苦し気なを見下ろすのは非常に心苦しく、気を紛らわせてやろうとラディッツは言葉を続ける。
「言っておくが、う、嘘ではないぞ……!」
「え、っ」
が驚きに目を見開いた瞬間、狭い体内が更に狭くなった。
「う、っ……し、締める、なっ……」
「だ、だって体が、勝手に……っ!嘘じゃない?あたしのこと好き?」
「好きだと言っている……!」
現に体の下で苦痛に耐えるが可愛らしくて仕方ない。
彼女について殆ど知らないことばかりで不安もあるが、生活自体は楽しくやっていけそうだと少し思っていたのだ。
少なくとも好ましい女であると感じている。
「は……、ほら、入ったぞ」
ねっとり絡みつく感触にぞわりと快感を煽られながらもラディッツは息を吐いて動きを止めた。
鼓動するような粘膜の淡い脈動が腰に響く。
今すぐめちゃくちゃにしてやりたい衝動に駆られるが必死で堪えた。
「はぁ、はぁ……入ったってことは、終わった?これで、終わり……?」
「ハハ……これで終わられると……、かなりキツいな……」
「ラディッツ……苦しそう。あ、あの、あたしあんまり良く分からないから……、ラディッツに任せるから……」
「……分かった」
困ったように眉を下げるの腰をそっと掴むと、ラディッツはゆっくり腰を引いた。
「狭い、……な。……痛いか……?」
「そ、そんなに痛くは……んっ、あっ、で、でもゆっくり……」
の求めるままゆるゆると腰を動かす。
体の下で身を捩るとは裏腹に、ラディッツは脳内が溶け出しそうなほどの快感を味わっていた。
嗚呼、嘘だろう。世の中にはこんなに気持ち良いことがあるのか。
自然と息が荒くなり、腰付きも早くなる。
「んンンっ……!あ、あうぅぅ……、あ、は、ぁあ……」
ぎゅ、とがラディッツの腕をきつく掴んだ。
痛いのか苦しいのか。食い込む彼女の爪がその答えなのだろう。
あまり深々と突き込んでしまうとがどうにかなってしまう気がして少し怖かった。
だけど浅い部分を注挿するだけではもう物足りない。
柔らかくも狭いの体内に、もっと根元まで舐められたくて仕方がない。
「あ、あ、あぁぁぁ……っ、あっ……深いよォ……っ」
生まれて初めてオスを受け入れたの体内がラディッツを苛む。
温かく包み込まれるような感覚は今まで感じたことがない程に気持ちが良かった。
最初こそに気遣って緩やかに腰を動かしていたが、堪えきれず思い切り体をぶつけてしまっている。
「はっはっ……すまん、痛いか……っ?」
「ううん、あっ、あっ、な、なんか……気持ち良くなってきちゃって……、もっとシて……っ、ラディッツ、好き……!」
「俺も好きだ……、……っ」
細い腕が伸びてきて、ラディッツの首に絡まった。堪らない気持ちでそれを受け入れ、の唇を奪う。
荒い呼吸だけが部屋に満ち、汗ばんだ体を擦り付け合うように密着させる。
健気で可愛い舌先を口内に吸い込んで擦り合わせると、の膝がラディッツの腰をきつく挟み込んだ。
きゅうきゅうと震える膣壁が搾り取るようにきつくなる。
「ふは、っ、は、っ、あぁ、堪らねぇ……っ、出すぞ、嗚呼、締めんなって、くっ、あ、出る……!」
「あ、あぁっ、奥ダメ……っあっあっ!」
ぞくぞくと冷たい快感がラディッツの背中を駆け抜けた。
の一番深いところに突き立てた瞬間、彼女のナカがきゅうううと震えあがったのだ。
堪らずぶるりと身を震わせてたっぷりと吐き出していた。
どくっどくっと脈動に合わせて断続的に吐き出される瞬間、腰が溶けるのではないかと思う程の快感が爪先から這い上がってくる。
今までの人生で一番気持ちの良い射精だったと言っても過言ではない。
「っは、はぁ……っ、はぁ……。おい、、大丈夫か……?」
気付けばも体の下で大きく息を乱していた。
ラディッツの声掛けに、視線を彷徨わせながらもゆっくりと落ち着きを取り戻した様子で。
「……赤ちゃん、出来ちゃうかな」
などと言う。
一瞬避妊をしなかったと責められたのかと思ったが、夫婦でセックスをして何故責められる謂れがあるのか。
そもそもこの結婚は少子化の問題により決まったことだと言うのに。
しかし……。
「まだもうちょっと、ラディッツと二人でいたいなって思うの」
続けられたこのの言葉に一瞬ニヤけそうになったラディッツは思わず横を向いた。
「こんな簡単に出来りゃ俺達が結婚することもなかっただろ」
そう、彼等がこうしているのも出生率の低さが問題だったからだ。
定期的に上がっては消えるはずの問題により、二人は結婚したはずなのだから。
「ねぇラディッツ、本当に少子化が問題であたしがラディッツとの結婚に名乗りを上げたと思っているの?」
「違うのか?」
「うーん……大雑把には間違ってないんだけど……。ラディッツ、まだ幼年体で遠征始めた直ぐくらいの頃、あたしと一緒に遠征行ったの覚えてない?」
問われてラディッツは考える。
と遠征に……行ったことがあっただろうか。
「悪いが覚えていないな」
「そっか。あたし初めての遠征だったから良く覚えてるのかなぁ」
は敷布の上で乱れた寝間着を肩に羽織り、合わせ目を結び直す。
身支度を整える様子が妙に色っぽく、ラディッツは何となく落ち着かない。
彼女を脱がせたのは自身だがその瞬間を思い出してしまったのだった。
寝間着の下の滑らかな肌は鮮烈に脳内に刻まれている。反芻すると困ったことになりそうだったので思い出すのは止めておいたが。
「あたしその頃にはもう結婚する相手が決まってたのよ。丁度遠征隊のリーダーだったんだけど…………」
その頃、は今と比較にならない程に弱かった。
戦闘経験が少なかったというのもあるだろうが、一番の理由としてはやる気が全く無かったからである。
既に決められた夫候補がおり、家庭に入って次期エリートを産み育てよと父親から言いつけられていたのだ。
遠征も下級戦士の使い方を学べと言う次期夫に連れられて来ただけだ。
つまりには戦うつもりなどさらさら無かったのである。
と次期夫以外は全て下級戦士で構成された遠征部隊。遠い惑星でしばらくつまらない時間を過ごさなくてはならないのかと思うと気が重かった。
深い深い溜め息を吐いたらふと近くにいた下級戦士に聞かれてしまったらしい。
「お前、具合でも悪いのか?」
「……別に、何でもない。ただ夫が一人で何処かに行っちゃっただけよ」
「夫?お前結婚してるのか?」
「正確にはあたしが成年体になったら結婚するの。でも全然構ってくれない。すぐあたしを独りにする」
父親お気に入りの、特に好戦的で遠征好きのサイヤ人である次期夫のことだ。
今も下級戦士に待機を命じて自分だけ遊びに行っているのだろう。
下級戦士の使い方を教えるなどと言う話も、恐らくはの父親が言い出したに違いない。次期夫は誰かに何かを教えるというタイプではないのだ。
嗚呼、つまらない。
どうせいつもの通り放っておかれるだけなのだと言うことを思い知っただけだった。
「ふーん?でも俺の家も父ちゃんは母ちゃん放ったらかしだけど仲良いぞ?母ちゃん、父ちゃんが大好きなんだってよ」
「そう」
「母ちゃん、俺にも好きな人と結婚しろって言うんだ。好きってどういうことか良く分かんねえんだけどなぁ。お前は分かるか?結婚するんだから分かるよな?」
好き?
考えたこともなかった。
だっていつの頃からか父親はに夫候補を選んでしまっていて。
好き嫌いなど自身に問うたこともない。
「そんなの、あたしにも分からない……」
別に嫌悪したわけではないけれど、次期夫のことをさほど好いてはいないということは分かる。
放置されてつまらないとは思っても、寂しいとは思わないから。
「好きでもない奴と結婚するのか?……何か、つまんなそーだな」
「……そうかな」
「俺、好きとかまだ良く分かんねえけどさ、やっぱ一緒に暮らすなら仲良く出来る奴とが良いって思うもんなー」
「仲良くってどうやってするの?例えばあたしとは仲良く出来る?」
「えっ、お前と?うーん……じゃあ待機が終わったら一緒に戦ってみようぜ!それで楽しかったら仲良く出来るんじゃねえかな?」
拙い提案を今のは微笑ましく思い出せる。
そして結局その提案が叶わなかったことさえ鮮明に覚えているのだ。
何故叶わなかったのか?
それは。
「思い出したぞ。あの時のエリート女はだったのか。そう言えば総指揮の奴が傍に置いて離さなかったな」
「あはは。流石に戦闘中に何かあったら拙いって思ったんでしょうね。下級戦士と組むなんてとんでもないって言い出したの。結局ラディッツと仲良くはなれなかったね」
ラディッツの記憶の中のは、幼いながらも既に身分違いで会話をするような存在ではなかったため、一緒に遠征に出ており短いながらも会話までしていたなど思いもしなかった。
記憶の糸が上手く結びつかない程、幼い頃にした会話だったのだろう。
そんな昔の事を良く覚えていたものだ。
「精神が育つにつれて、好きな人と結婚する、なんて言うサイヤ人は少ないことに気付いたの。だから貴方と結婚する人はさぞかし幸せになるんだろうな……って」
階級制度と言うものは特権意識を生み出してしまう。
ヒエラルキーの上部に位置する生活を覚えてしまえばそれにしがみつくのは道理なのだ。故にもそういうものだと思っていたのだけれど。
「あたし、そのうち記憶の中の男の子があたしを好きになってくれたら良いのにって思うようになった。そうしたらその子がベジータ王子と遠征に出るようになったって知ったの!チャンスだと思った。頑張って努力して見出されたらベジータ王子の側近になってラディッツに会えるかも!って」
そこからのの努力は涙ぐましいものだった。
今まで何の努力もしてこなかったし、する必要もなかった。戦う意志も全然無かった。
だけど側近として見出されれば一緒に遠征に連れて行ってもらえる!
その一心で次期夫や父親には黙ってこっそり鍛錬を繰り返したのだった。
しかし。
「俺の記憶の中ではお前が一緒の遠征は一つも無いんだが……」
「そりゃ無いわよ。だって結局側近にはなれなかったもの。でもね、良いこともあったのよ?」
「良いこと?」
「ふふん。成年体になった直後にね、夫候補の男に三下り半を突きつけた上であたしの父親の目の前で負かしてやったの。それこそぐうの音も出ないくらいに!」
結構やるでしょ?と胸を張って見せる
婚姻関係でないのなら三下り半とは言えないような気もするが、意味なら分かる。
成る程、引っ込み思案かと思いきややる時はやるタイプと見た。気が強いのではなく、芯が強いと言うべきか?ラディッツとしては非常に好ましい。
どちらにせよ喧嘩をする時は気をつけようと思う。



今夜もがラディッツの膝の上に上がってきた。
まだお互いに殆ど知りもしない間柄と言えるのに、馴れ馴れしいとか図々しいなどの気持ちは湧いてこない。
何故ならば彼女は自分の可愛い妻であるからだ。
が妻になりたいと言い出した時、命令しろというラディッツにそれは嫌だと言った意味が今なら良く分かる。
結婚させられたという意識が付き纏っていたならばこんなにも彼女を可愛らしく感じることは出来なかったに違いない。嫌味なく好きだと思えるのはの選択のおかげだ。
俯きがちなは、今夜も自分で寝間着の合わせ目を解く。
「お、おい」
「え?こういうのって毎晩なんじゃないの?」
「いや……そう言われても良く知らんと昨日言っただろうが」
「あたしも良く知らないけど……」
肩からすとんと寝間着が落ちた。
昨日はわざと薄暗くした部屋だったから良く分からなかったが、淡い光の下で見るとの肌は眩しくも白いことが分かる。
「でも、昨日は気持ち良くて幸せだったから……ね、好きよ、ラディッツ。……貴方もあたしを好きでしょう?」
はにかんだ顔がラディッツを見上げた。
そこにつまらなそうな色は存在しない。