寝台は愛の食卓

常識、とは一般的大多数を指すのだろうか。
普遍的で恒常的なもの全てを指すのだろうか。
少数派に属することを自覚したのはいつの頃だっただろう。自身の父母がそもそも少数派だった。
それを常識であると思い込み、年齢を重ねてしまったことは罪だったのだろうか。しかし、もうそれを覆すことは容易ではない。
どうしようもないのだ。
目の前のメスが常識を振りかざしていることも。
それに強い落胆を覚えるのも。
互いに認識がズレていた、としか言いようがない。
二人はもう歩み寄ることは出来ない程に隔たれてしまったのである。





「今回はちょっと遅くなりそう」
心なしか彼女の尻尾が寂しそうに垂れて見える。可愛らしいことだ。
遠征に送り出すときの彼女はいつだって寂しそうに見えた。
多分、自分も同じような気持ちだからだ。可愛い妻を戦場に送り出すのは心苦しい。離れている間も気がかりだし、何より彼女の顔が見れないことが酷く勿体ないことのように思えて仕方がなかった。
こんなにも他人に執着を感じるのは初めてである。
今まで他人とは自身にとって有益か無益か、そんな区別しかなかったはずなのに。
特別な存在となってしまった彼女が一人で傷ついていないかと考えるととてつもなく嫌な気分になるのだ。
しかしサイヤ人は戦闘民族。戦うことに生きている実感を見出す本能には逆らえない。故に彼女を一人送り出さねばならないのも、自身が一人で遠征に行かねばならないことも仕方のないことなのだ。
ふと、自身の父母を思い出したりする。
放蕩者の父は出かけたら一向に帰ってこない。
送り出すときの母は明るく見送っていたが、その尻尾はやはり寂しそうに垂れていたのではなかったか。
そんな両親を見て育った自身も価値観が父母に似てしまったのだろう。
可愛い妻を送り出すのはやはり気が引ける。
思わず自身よりも随分小さな体を抱き寄せた。
所詮使い捨ての下級戦士同士なのかもしれないが、大切に想い合っていても良いではないか。彼女の前髪を掻き上げて、滑らかな額に唇を押し当てた。
くすぐったそうに目を細める姿をしっかりと記憶する。
嗚呼、本当に可愛い妻だ…………。


彼は想像と違っていた。
戦闘中の手段を選ばない姿、その後ろ姿に残忍性を見た。きっと強い男なのだと思った。その評価は概ね間違ってはいなかったが、想像とは違っていた。
自身が遠征に出る度に寂しそうな表情をして見送る。労わるような唇まで触れさせて。おおよそ他のサイヤ人のオスには見られない行動だ。
別に優しく抱き寄せられることが嫌いなのではない。その腕の中を一度は欲して妻と言う立場に収まったのだ。
それを拒絶したい意思は決してない。
しかし彼の中にはサイヤ人が持つ『寛容性』が非常に少なく見えた。
つまり浮気の許容性だ。
サイヤ人は子が生まれにくい都合上、パートナーがいてもある程度自由に相手を作る。特に下級戦士は殖えることも一つの使命だった。下級戦士同士の子の血筋はあまり関係がない。
種を絶やさないことはその種全体の、ひいては生物の本懐であると言える。
どちらかというと本能に忠実なサイヤ人はモラルよりも快楽を選択する傾向が強いと思う。
そしてそれを自身にも感じる……のだが、どうやら夫はそうではないらしい。
サイヤ人らしからぬ独占欲や愛情の示し方をしてくれる度に、微かな違和感が胸を掠めるのだ。
それは普段気付かないが、しかし確実に刺さっている棘のようにいつまでも自身を苛み続けている。罪悪感や後ろめたさには鈍感である自覚があったはずなのに、夫はとても上手くそれを刺激してくるのだ。
いけないことをしようとしていると分かっている。しかしダメだと思えばこそ別の男を試してみたくなってしまうのだ。
故に嘘を吐いた。
「今回はちょっと遅くなりそう」
いや、実際嘘ではないのだが。
遠征の期間をちょっと水増ししただけだ。
彼との間に子もいないわけだし、種族の常識に当て嵌めれば別段悪いことでも何でもない…………。


普遍的で恒常的で一般的で大多数であるものを常識と呼ぶのであれば、確かに少数派のラディッツは常識外れと言うことになるのだろう。
他のオスと許せない火遊びをした妻を怒鳴ろうと殴ろうとその事実は覆らない。
結果はもう出てしまっており、それは二人の間に修復不能の溝を生成した。あんなにも愛したのに……と嘆いてみても平行線でどうしようもない。互いに歩み寄れる程、近い価値観を持ち合わせず愛のありようも全く違う。
そもそも妻にとっての愛とは何だったのか。唯一を決めるでもなく、執着するでもない。
便利に性を貪るだけならば、別に夫婦と言う立場でなくとも良かろうものなのに。

「俺はお前だけが良かった。お前だけが欲しかったのだ。唯一お前が傍にいれば他に何を求めようとも思わなかったのに」

妻の返答は平行線だった。

「私は貴方も良かった。貴方も欲しかったんだもの。でも他を求めることが罪悪とは思えない」

最終的に貴方も私と同じように振る舞うことは出来ないの?と問われた。
それは間違いなく不可能なことだった。
何故ならラディッツの返答も平行線だったからだ。

「ならば、お前は俺と同じように振る舞うことが出来るのか」

と。



以上のような経緯から、ラディッツは暫くメスは不要だと思っていた。
離別を選んだことにも一切の後悔はない。寧ろ早くに気が付いて幸運だったとすら。
オスだろうとメスだろうと得てして出戻りと言うのは肩身が狭いような気もするが、ラディッツの両親は何も言わず妻と離縁した息子を受け入れる姿勢を見せた。
故にラディッツは少々居心地の悪いような罪悪感に近い感情を覚えつつも実家に帰る決意をしていた。
が、そんな折、地球という辺境の惑星に住む弟から声をかけられる。
この弟、幼い頃に手違いで保育器に入れられる予定が、辺境転送用のポッドに乗せられてしまい長期間行方不明になっていた。
両親、ラディッツ共、その事件を非常に苦く思っていたが、かなりの期間を経て仲間からの弟目撃情報がちらほら聞かれるようになる。
まさかと両親はラディッツを迎えに行かせてみた。
そこで意外な事実が分かったのだが、弟は記憶喪失になっていたようだった。
そのせいで、兄弟の邂逅は非常に困ったことに難航した。
兄の言葉足らずと弟の察しの悪さのお陰で二人して一度死ぬという結果にまで辿り着いてしまったのである。
最終的に地球に住まうナメック星人の便利アイテムで復活を果たし、弟の記憶も可能な限り取り戻したのであるが。
記憶を取り戻した後の家族関係は良好だ。兄弟仲も戻った。
そんな弟は時折、ここ惑星ベジータに帰ってくる。理由はまちまちである。母親に似たのか屈託の無い性格で、遠く離れていたことを忘れさせるほどの友好的な態度。まあある種の才能であろうとラディッツは思っている。
「で、俺を地球に招きたいと」
「兄ちゃん暇だろ?ブルマが暇そうな男連れて来いってうるせえんだ」
顔を合わせて早々暇呼ばわりされるとは心外だ。実家に帰って来たからと言って別に遊び歩いているわけでは決してないのに。
「俺はお前と違って働いているわ!!暇と言うならお前の方が暇だろうがっ!!」
「そーなんだよなぁ、オラが手伝ってやろうかって言ったらブルマのやつ、オラじゃチチがいるからだめだ、相手がいねえやついねえんかって言うんだよなあ。で、オラの兄ちゃんどうだって言ったら最初は興味なさそうだったくせに急に連れて来いって言い出すしよ」
「……相手がいないやつ……何だその限定的な条件は……」
確かにラディッツは離縁した直後で女の影は皆無である。
逆に弟は既に子がいる既婚者で、その条件には当てはまらない。しかし確か、そのブルマとか言う名の女はベジータ王子の妻だったのではあるまいか。そんな彼女が独身の男に何の用があると言うのだろう。
意外と愛妻家のベジータ王子が独り身のオスを意味深に近寄らせるとは思い難い。だが弟の子供の頃の話を聞くと、ベジータ王子の妻は若かりし頃、なかなか行動的であり奔放だったようだ。
そしてどうやら科学的な方向の才能に秀でてはいるものの、その方向性が独特であるらしい。
そんな地球人の女が独身のオスを呼び出してどうしようというのか。しかも弟にまで声をかけて。それとも弟の交友関係は多岐に渡っており鶴の一声でそんなにも人材が集まるのだろうか。
ベジータ王子の妻が何を考えているのかはさっぱり分からないが、弟の招きを断る理由もない。
何せ、もう帰らねばならぬ巣もなければ、彼を待っているメスも存在しないのだから。





「ねえ……ブルマちゃん……。あたしは大丈夫だから……ね?」
「まあまあ、そう言わずに。会うだけ会ってみなさいって」
「で、でも……」
「私も最初の提案ではどうかなって思ったんだけど、意外とに合う人なんじゃないかと思うのよね。無理なら無理って言って良いから」
幼馴染のブルマはさっぱりした性格で、はっきりと物を言うし押しの強いタイプである。
それが心地よい時もあれば若干困る時もあり……。今はどちらかと言うと後者であろうか。
行き過ぎた趣味のせいで恋人と別れたばかりのに男性を紹介したいと言うのだが、としては暫く男性は不要と感じているのである。
そして会ってしまったが最後、はブルマのようにはっきりとNOを突きつけられるような性格ではないのだ。
無理なら無理とブルマは言えるのだろうが、にはそれを実行出来そうにない。
つまりこうして強引に引き合わされるのは非常に困るのである。
子供の頃から奔放なブルマは16歳の頃に暫く家を出て帰らなくなった。その事実を、彼女の両親よりの方が心配したかもしれない。
しかし漸く帰って来たとき、彼女は恋人の男性を連れ帰って来た。衝撃的だった。
暫く会わないうちに彼女がとても大人になって見えたし、何だか遠くなったような気にさえなった。憧れと僅かな嫉妬が混ざったような何とも言えない気持ちは今でもの心の中で、泥むことなく残り続けている。
結局ブルマが選んだのはその時に出逢った男性ではなかったけれど、よりも早く結婚をして子供も生んで……全ての先に立つ彼女はやはりの中では特別な存在なのだった。
そんなブルマが紹介してくれるのだからさぞかし素敵な男性なのだろうとは思うのだが……。
如何せん一つだけ引っ掛かることがある。
「ブルマちゃん……ねえ、あたし地球人の男の人しか知らないの。いきなり宇宙人の男性を紹介してくれるって……ハードル高すぎだから……」
「うちの旦那知ってるでしょ?ベジータとおんなじだから大丈夫よ」
「…………そう、かなあ……」
寧ろ、だからこそハードルが高いと思うのだが。
ブルマの夫には、家に招かれ挨拶をしてもちらりと視線を(しかもかなり鋭い)投げつけられた記憶しかないのだ。
あんな男性とブルマはどのように愛を育んだのだろうか。全く想像がつかない。
そしてあんな雰囲気の男性と仲良く出来るとは到底思えないのである。
「ブルマちゃん……!あたしやっぱり……」
帰る、と言おうとしたところで、突如空間に二人の男が姿を現した。
本当に、何も無いところに、突然に。
物凄く驚いたけれど辛うじて悲鳴は飲み込んだ。それは単に二人の男のうちの一人に見覚えがあったからだった。
「そ……孫君…………」
いつしかブルマが呼ぶように彼を呼ぶようになった。
出逢ったのはブルマよりずっと後だったけれど、屈託の無い不思議な雰囲気の人だなあと思っていた。悪く言えば少し常識がズレているなと思うこともしばしばで、しかし後に彼もまたブルマの夫と同じく宇宙人であると聞かされれば然程気にならなくなった。
「んン?もいたんか。久し振りだな!」
人懐っこい表情と共に挨拶なんかされたりすると、喉まで出かかっていた『帰る』と言う言葉が出てこなくなってしまう。
代わりに、もごもごとした小さな声で久し振り……と曖昧な返答だけが零れ落ちた。
意を決したはずだったのに出鼻を挫かれてしまった。としては非常に宜しくない状態である。
そして、更にの不安を煽るのがやりとりだけを無言で見ている悟空の隣に立つ大男だ。
大概悟空も鍛えられた体をしており、傍目にはがっちりとして見えるのだが、大男が隣に立つと多少小柄にさえ見える。
初めて見る顔だ。しかし愛想の良い悟空よりもベジータに雰囲気は近い気がする。排他的な空気を感じずにはいられない。
まさか……と、強い不安に襲われる
品定めをするかの如くブルマと自身を交互に睨みつけている大男がブルマ推薦の男性……?そんなまさかと思いつつも、悟空には妻子が存在することを知っている。
それならば選択肢は一つしかないだろう。
それとも大男は別の仲介役か何かだろうか。いや寧ろそっちの方が良い。お願いそうだと言って…………。
が天に祈る気持ちで身を縮めていると、不意に大男が口を開いた。
「……貴様がベジータの妻のブルマだな?カカロットを使って暇なオスを探しているらしいが、生憎俺はカカロットと違って仕事をしている身だ。つまり忙しい。用件はなんだ」
悟空が名前を呼んだのをきちんと聞いていたようで、大男はブルマとを間違えることはなかった。
しかし口調に棘が見え隠れしている。
よほど呼びつけられたのが不満なのだろうか。それなら先に断ってくれれば良いのに。こんなに居たたまれない気持ちを抱えつつ今から紹介される方の身にもなって欲しい。
「用件って……。孫君、アンタちゃんとお兄さんに用件説明しなかったの?」
ブルマの声に凄みが増すが、それ以上に、は目の前の大男が悟空の兄だと言う事実に息を飲んでいた。
兄……?!
この愛想の欠片もない排他的なオーラを躊躇いなく振り撒いている人が……。
人懐っこく屈託の無い悟空の……。
兄。
まさかの兄……。
頭をいきなり殴られたどころの衝撃ではない。似ていない兄弟は地球上でも多種多様に存在しているから、別にこの二人が特別というわけでもないはずなのに。
悟空に兄弟がいると言うことはたった今知ったが、こんなにも差を感じることになろうとは。特に悟空の息子たちも非常に愛想の良い良い子たちばかりと知っているだけに何故だろう、勝手に裏切られたような気分さえ湧いてくる。
「ブルマが言った通り、暇そうな奴連れてきたんじゃねぇか。なぁに怒ってンだよ」
「だから!俺は忙しいと言っているッ!!暇なオスに用があるのならベジータにでも言えば良かろう!!」
嗚呼、なるほど何となく話が見えてきた。
悟空の言葉足らずは毎度お馴染みなのである。然程悟空と親しい仲でもないのだが、そんなでさえも知っている。
横目でブルマを見遣れば額に手を当てて深い溜息を吐いているし。
「つまり何にも説明してないってことね。全くもう……」
と、言うことは目の前の不機嫌そうな大男は、今から紹介される可哀想な女の事も何も知らないということか。
それならば、今がお断りの最大のチャンス!
話が進んで拗れる前に断ってしまえば相手にも角が立たないはずだ。それにブルマは無理なら無理と言って良いと言っていた。
大男の風貌だけで決めるのは本当に申し訳ないけれど、こんなにも愛想無く排他的な雰囲気の男性は絶対無理だ。自分の性格的に流されるだけ流されて、消耗して疲れ切って……嵐であちこちが折れ曲がり壊れた傘のようになってしまうだろう。
そして最後は壊れた傘が電車の中に置き去りにされるように突き放されて終わるに違いない。
薄暗い未来の想像には寒気を覚えながら、自ら一歩を踏み出し前に出た。ただ一言、ただ一言『ごめんなさい、あたし用があるので帰ります』これだけを言えば解放される……その一心で。
「あ、あの……あたしよ」
「まあ来てくれたなら何でも良いわ。来なかったらどうしようもなかったけど、来てくれたなら話も進められるってものよ。ねぇ、?」
嗚呼、解放されるために前のめりになったにも関わらずそこを掴まれる感じで声を被せられてしまうなんて……。
違う、話を進める気なんて何処にもない。もうお家に帰して欲しくて仕方がない。違う、違うのだ……。
と思いつつも、NOと言えないは曖昧に小さな返事をし、踏み出した筈の足を元の位置に戻したのである。



「つまらんことで呼び出しやがって……」
ブルマの説明を聞いた大男の開口一番がコレである。
はい、全くもってその通りですよね。あたしもそう思います。
……とは、ブルマが傍にいる手前、口には出せなかったがも似たような気分なのは確かだった。
が前の男性に捨てられる原因となったのは、結果的に見ての趣味のせいなのだが、お陰様で暫く男性はいらないと思っている。暫くは傷心の気持ちを整理するためにも一人になりたいし、結局の趣味を理解できる男性はきっと少ない。
の趣味を聞いて最初は嬉しそうにしていた男だったが勝手なことだ、と今でも鈍重な気分と共に思い出してしまうのが嫌だった。
「それにカカロットが俺のことをどう説明したのか知らんが、俺は少し前に妻と離縁したばかりだぞ。しかも原因は俺はにある。そんなオスを宛がわれる奴が気の毒だろうが。俺としては暫くメスは不要だと思っているしな」
えっ、待って、今多すぎる情報量が脳内に入ってきた気がする。
妻と離縁?ココ重要。奥さんいたの?離婚したの!?
しかも何かしらの非があって?それ超重要!!付き合ってみたら暴力で支配されました、ではシャレにならない。
「何でっ!?」
思わず大きな声を出してしまい、全員の視線が一気にに集中する。
一番蚊帳の外と言っても過言ではない悟空でさえの方を見ていた。
はっとして赤くなる顔を隠すように俯く。
「あ、……ご、ごめんなさい……。プライベートに、いきなり踏み込むような質問を……してしまって……」
当事者には特に睨まれた気がして俯きながらも謝罪する。
かつて愛しあった誰かとお別れをするということは、何らかの傷を見えない部分に作っているはずなのだ。
良く知り合ってもいない自身が、その傷を興味本位で暴いて良いはずがない。
「簡単な話だ。あいつは俺以外のオスも貪欲に欲し、俺はそれを許容出来なかった。地球人の常識は知らんが、通常、サイヤ人は子を殖やすために子作りの相手を特定の異性に限定しない。俺にはそれが我慢ならなかった。ただそれだけだ」
事もなげに淡々と説明をしているが、彼の言っていることはからすれば普通の話に聞こえた。
地球で言うところの常識とも言える。
それを主張した為に彼は配偶者と離別することになったというのか。
「あ、あの……差し出がましいことを伺いますけど……貴方のその主張の何処に非があるのか分からないのですが……」
「あいつ曰く、俺は非常識だそうだ。まあ、一般的でないことを主張しているのは認めるがな」
「ひじょうしき……」
その話を全て鵜呑みにするのであれば、彼の元配偶者の方が非常識に感じる。誰だって愛したパートナーが別の誰かと抱き合うのは嫌だろう。逆に言えば彼の配偶者は、彼が他の女性と一晩を明かしても平気だと思っていたのだろうか。
ならば交際段階であったとしても絶対に嫌だ。ましてや配偶者が他の女性と……と思うだけで気分が暗くなる。
「地球の常識と……大分違うんですね……」
「俺は地球のことは知らん」
「それなら!知ればいいじゃない!」
同情的な感想を冷たくあしらわれたかと思ったら、間髪入れずにブルマが話に割り込んできた。
「地球の常識なら理想の誰かが見つかるかもしれないわよぉ。例えばそこにいるとか。お薦めよ」
「ちょっ、ぶ、ブルマちゃん……!!」
勝手にお薦めしないで欲しい。
少し話してみたところで、当初彼に感じた排他性や冷たさのようなものは一切払拭されてはいない。
にとっても良い話と思うわよ。この人ならの趣味、凄く相性がいいと思うから」
「……え、っ……」
ともすればトラウマにすらなりつつある趣味を示唆されてぎくりとした。
喜んでくれているのだろうと、存分に趣味を楽しんだら迷惑がられて離れていった恋人。
まだ真新しい傷が胸を抉ったまま野晒しにされている。時間が経って溢れる血が乾き、自然に傷口が塞がるのを待っているのだ。
趣味に救いを求めようとも、傷心の原因がそれにあるからなかなか自発的に楽しもうという気になれない。
そんな趣味と彼の相性が良い……のだろうか。何処まで理解を示してくれるかは見た目には分からないので、には現状では判別することが出来なかった。
「試しに2月14日に改めて地球に来なさいよ。二人の相性が良いことを証明してあげるわ」
「……」
彼はブルマのやや挑発的な態度に眉を顰めたが、一瞬何かを言いたそうにの方を目線だけで見た。また睨まれたのかとぎくりと心臓が跳ね上がったが、しかし、終ぞその口がのために開かれることはなかった。
そして無言の逡巡に暫しの時間を割き、面倒臭そうに立ち上がりながら。
「……暇なら来てやる。用は済んだな?俺は帰るぞ」
一方的に会話の終了を告げると悟空に送るよう声を掛ける。
そういえば彼らは何もない空間に突如として現れたのだった。帰る時も、もしかして突如として消えるのだろうか。
「そうだ、帰る前にに名前を教えてあげて頂戴。片方だけが名前を知ってるなんて不公平でしょ?」
紹介される名目で来たはずなのに、彼との会話らしい会話は彼が配偶者と別れたという話だけに留まった。
結局自発的な彼からの声掛けはこのたった一言。が見送る後ろ姿が特に振り返ることもなく発せられた名前だけ。
「…………ラディッツ」
そして、予想通り彼らは空間から突如として姿を消した。




好きなだけ趣味に没頭して良いわよ。
ブルマからそんなことを言われてしまったは製菓店でチョコレートをぼんやりと眺めていた。
趣味に没頭しても良い……それはとてつもなく魅力的な言葉であると同時に、とんでもなくトラウマを刺激される言葉でもあった。
去年の恋人の反応を思い出してしまう。その時はチョコレートに愛を込めることに必死で余り気付かなかったが、今思えば当時から彼には翳りが見え隠れしていた。
……いや、違う。包装を見た瞬間に翳ったのだ。
喜んでくれるだろういう実益と、趣味をたっぷり兼ね備えたの自己満足を見て……。
何を隠そう、の趣味は料理である。
元々は美味しいものを食べるのが好きだっただけなのだが、それが高じて調理を覚えた。
美味しいものは幸せだ。蕩ける甘さのチョコレートを口に含んでいながら怒ることが出来る人間がどれだけいるのだろう。美味しいものはそれ自体が幸せを体現しているとは思う。
趣味が料理だと伝えたときかつての恋人は本当に嬉しそうにしてくれていた。当初の彼に嘘は無かったはずだ。少なくともにはそう見えていた。
だから好きなだけ調理した。
季節ごとやイベントごとに相手も喜んでくれるはずだ、そして自分もとても楽しい、と自分本位に。
去年の2月14日、は前日からたっぷり時間と愛情を込めてチョコレートケーキを作った。手間を惜しまず作ったそれは、味見の段階ですらとても美味しく出来ていたと思う。
嗚呼、完璧だ。きっと恋人も喜んでくれる。
はそう考え丁寧に包装した。
きちんと収まる箱を用意し、綺麗な包装紙で包み、リボンまでかけて。
当日も彼は絶対喜んでくれると。だって美味しいものは幸せなのだからと。
そう信じて疑わなかったのだ。
しかし、恋人は翳りを見せた。確かにありがとうとは言ってくれたけれど、が望む反応が返っては来なかった。
今ならその理由も分かる。
バレンタインのデート前に、ワンホールのケーキを渡すなんて一般的ではないのだ。
荷物になるし、デリケートな分扱いに困るし……もしかしたら邪魔に思われて帰りの道すがら捨てられたかもしれないとすら思っている。
相手のことを思い遣るなら、もっと扱いやすい別のチョコレートを用意すべきだったのだ。そこまで思い至らず、きっと何度も似たようなことを繰り返してしまったのだろう。
結果彼は離れていった。
それ以外でも噛み合わないことがあったのかもしれない。
なりにかつての恋人の中に居場所を見つけて安らぎを感じていたのだが、彼はそうではなかったのだ。
思い出すとまだ悲しくなる。行き過ぎた趣味のせいで恋人を喪ったことはの中ではまだ新しすぎる傷だった。
しかし、ブルマはそれを知りながら好きなだけ趣味の腕を奮えと言う。
確かにあの悟空の兄……ラディッツと言ったか、彼との間に何かがあるわけではない。
結局紹介するだのしないだのの話は有耶無耶になってしまったし、付き合う等の話も出なかった。故にと彼の間には何一つ生まれておらず、発展もなく。がまた顰蹙を買ってしまったとしても壊れるものは何もないのだが。
「あたし、その顰蹙を買いたくないんだけど……」
じろりと睨まれた視線を嫌でも反芻してしまう。
彼の配偶者のことを尋ねてしまったのは申し訳なかったとは思うけれど、あんなに睨まずとも良いじゃないか。
今年はもうチョコレートは作らないと思っていたから何の準備もしていなかったのだ。なのに今、こうして製菓店で製菓用のチョコレートを見つめている。顰蹙を買いたくないと思いながらも作るつもりなのだろうか、自分は。
……いや、いっそ顰蹙を買うくらいのものを作ってみるのはどうだろう。呆れられてしまえばもう会うこともなくなるのではないだろうか。
だって彼は宇宙人なのだ。遠く離れた惑星に住まうのであれば、この先の人生で二度と会うことはないだろう。彼の輸送を弟の悟空が行っていることを鑑みても、彼が自発的に地球に行きたいと思わなければ、移動手段を持たないが彼に会う術は無いのだし。
押しの弱いの拒絶はブルマには伝わらなかったようだが、向こうが拒絶の意思を示せばブルマも諦めるかもしれない。
後で嫌われるくらいなら、先に嫌われてしまいたい。傷付いた気持ちがを臆病な気持ちに促す。記憶の中で別れを告げるかつての恋人の冷たい目を、ラディッツの排他的な視線に重ねながら、は嫌われる前提の憐れなチョコレートの購入を決めた。



2月14日当日。
さも本命のように作り上げたチョコレートケーキを携えて、は改めてブルマの家に向かっていた。
こんなにも想いを込めないものを作り上げたのは初めてだ。
美味しいものが幸せであると感じてやまないは、誰かのために料理をすることも大好きで、作る時は必ずその誰かのことを考えながら作る。
例えば、父は辛党だからほんの少しだけ唐辛子を足してみたりとか、その人が喜んでくれそうなことなんかを考えるのだ。どんなに小さいことでもつまらないことでも構わない。美味しいものを食べる幸せを少し手助けしたいだけ。
しかし、今日用意したチョコレートケーキは飽くまでも嫌われる前提のもの。決してわざと味を損なうようなことはしていないものの、喜んで貰おうとか、味を楽しんで貰おうとか、そういうことは一切考えずに作り上げた悲しいものだった。
好きなだけ趣味に没頭しても良いと言われた筈だったのに、製作途中も余り楽しいとは言えず、は生まれて初めて調理とはこんなに味気ないものだっただろうか思ったのである。
しかも作り上げたチョコレートケーキはかつての恋人に作ったものと同じにした。苦い記憶の残るそれであれば、もう顰蹙を重ねても大丈夫な気がしたからだ。
痛みや冷たさの象徴となったケーキを一蹴されてこの話を終わりにする。何も始まっていない今なら傷付かずに済むだろう。そして今度こそ二度とこのケーキを作らなければ良い。
暫くは料理をする度に複雑な気持ちになるだろうが、それもいつしか薄れる筈だ。
嗚呼、ブルマの屋敷が見えてきた。
またあの排他的な視線を浴びるのだろうかと思うと気が重い。それでも勝手知ったる幼馴染の家である。ブルマの家族は皆大らかと言えば良いのか、頓着がなく、勝手に入っていこうとも何の問題にもならない。
最初こそ広すぎる屋敷であるにも関わらず『勝手に入ってきて良いから』と言うブルマの言葉に困惑を覚えたものの、今ではすっかり慣れてしまった。
大きな庭園を抜け半円状の屋敷の中を歩く。
ラディッツはもう到着しているのだろうか。待たせたとなると、再び排他的な視線で射抜かれるかもしれない……。
何だか気分が萎れる。心なしか重くなる足を叱咤しながら廊下を歩いていると、不意に目の前のドアが開いた。
この広い屋敷は部屋数の割に住んでいる人間は少なく、廊下を歩いていて誰かに出会うのは非常に珍しい。
それでも時たまブルマの父親などに出会うこともある。久しぶりに会うため挨拶をしようと居住まいを正した瞬間、ブリーフ博士とは比べ物にならない程の大きな影がドアから出て来たのが目に入った。
「!……お前か。遅かったな」
ぎくりと体が強張った。
今からやや気不味い気分で会おうとしている人物と出会ってしまったからである。
咄嗟に言葉が出なくなり、は無言で俯いた。
「それか。ベジータの妻が証明するとか言っていた代物は」
手提げを示唆され、緊張で呼吸が止まりそうになる。
同時に複雑な気持ちでもあった。示唆されたものは味気ない趣味の成果だ。ブルマの期待に応えるものではまるで無いようなもの。
きっとつまらなそうに一蹴されて終わるような、そういうものを運んできたのだから。
「……あの、は……はい……。多分、そうです……」
消え入りそうな声で返事をするに一瞥を投げたラディッツは、そのまま無言で背を向けた。
歩き出す方向は、今からが向かおうとしている方向である。当たり前だ。今日はブルマだけでなく、この目の前の大男にも会いに来たのだ。
無言のままラディッツの後ろを少し離れて歩く。息が詰まりそうな沈黙が痛かったけれどそれ以上に会話など見つけることもできなくて、結局目的の部屋に辿り着くまで一言も言葉は交わさなかった。
「ちゃんと着替えて来たわね。女の子と会うのに戦闘服でうろうろするなんて無粋だもの。……あらぁ?も一緒だったの。それはそれは……」
部屋に入るなりニヤニヤ含み笑いを見せるブルマだが、彼女が望んでいそうなことは何一つ起きてはいない。ただ黙って付いてきただけだ。
それにしても着替えて来た、とは……。
不思議に思ってラディッツの姿を改めてきちんと見遣る。
今日の彼の格好は悟空のような道着でもなく、また前回見た不思議な格好でもなく……。言うなれば何処にでもいそうな地球人と同じ格好だった。
前回と同じ格好だったから地球製の服に着替えろということになったのだろうか?
「貴様が着替えろと言ったのだろうが。全く、いちいち細かいメスだ。ベジータは何処を好き好んで貴様を選んだのやら。俺には理解出来ん」
「失礼ねぇ。ほんっとアンタ達サイヤ人はデリカシーが無いんだから!こんなに美人で自立してる素敵な奥様なんて地球にはなかなかいないわよ」
自分で言うのはどうかと思わなくもないが、ブルマの言い分は概ね的を射ていると思う。
悪気なくいつまでも少女のようで、なのに自分で自分を支えることが出来るのがブルマだ。
彼女は眩しくて、強い。
きっとそういう部分がブルマのカリスマなのだ。だから彼女の周りにはいつだって誰かがいる。
を含めて。
「口の減らんメスだな。では貴様の言う証明をしてもらおうではないか。何を用意したかは知らんがその中のものを早く出せ」
さあさあと急かされると、ますます萎縮してしまう自身を感じる。
こんなにも自信の無いものを提供するのは初めてだ。味見すらしていない。
美味しいものは幸せのはずなのに……。
それでもここに立っているからには、持ってきたものを出さないという選択肢は無い。
は鬱々とした気分でチョコレートケーキの入った箱を机の上に置いた。
「随分大きなものを作ったのね」
「う、うん……好きにして良いって言われたから……」
多分ブルマが気を利かせてくれた意図からは大分外れているだろうが、好きにしたことは間違いない。
箱を開けると、やはりトラウマを刺激するチョコレートケーキが収まっていた。
「何だこれは。甘い匂いがするな……」
すかさず言われたが、はそこまでチョコレートの香りを感じられなかった。宇宙人の彼は、地球人と感覚が違うのかもしれない。
「じゃあ、はいこれ」
ブルマがラディッツに大ぶりのフォークを手渡す。勢いで受け取ったラディッツだが、それは何なのかがよく分からなかったのだろう。ブルマと握ったままのフォークを交互に見ていた。
「あの、それを使って……食べてもらえれば……」
「食べる?これで?これをか?」
ケーキを指さすラディッツにはおずおずと頷いてみせ、そっとラディッツの手からフォークを取った。
「こんな感じです……」
カットされていないワンホールのケーキにフォークがずぶりと刺さる。このまま食べ進めててしまったらぐちゃぐちゃになってしまうかもしれない。1ピースになるようにカットしてくれば良かったと密かに思った。
如何に思い入れ少なく製作しようとも、心の底ではやはり自分の作ったものへの思い入れが捨てきれない。
フォークの使い方を実演されたラディッツは、ケーキの端を切り取ったフォークを渡されると、躊躇うことなく全て口に入れる。
「甘い……が、美味い。こんなものは初めて食べた……」
初めて食べるものを一口で?!そこに恐れなどは無いのだろうか。文化の違いって怖い。
「好きなだけ食べて良いわよぉ。良ければ全部でも。少ないくらいかしら」
ブルマの言葉には目をぱちぱちと瞬かせた。
ワンホールのケーキが少ない?確かに5号サイズだから人数によっては少なくなることもあるだろう。しかし一人分にしては多すぎるはずだ。
「地球人はあまり食わんのだろう?これも地球人一人分と思えば仕方あるまい」
いやだから一人分にしては多いんだってば。四人分くらいはあるんだってば。
突っ込みの追い付かないを余所に、ラディッツは自らケーキにフォークを突き立てた。ガナッシュチョコレートでコーティングされたケーキが柔らかく削り取られる。
「不思議な感触だ……甘くて柔らかい。地球人は普段こんな飯を食っているのか」
「や……あの、これはご飯じゃなくて……チョコレートっていうお菓子で……」
「菓子?……時折カカロットが持ってくるもののことか。しかしこんなものはまだ見たことがない……」
話しながらも流れるような手付きでチョコレートケーキをどんどん食べていくラディッツ。
こんな風に食べてもらえたならばケーキも幸せだろう。満腹になるまで食い散らかされた後に残るホールケーキを見るのが辛いと、先程までは思っていたが、そんなの気持ちとは裏腹に見る間にチョコレートケーキが無くなっていく……。
「これで終わりか……惜しいな」
「……ッ」
最後の一口を食べるラディッツの言葉には息を飲んで手をきつく握り締めた。
そうしていないと涙が出そうだった。
まさか嫌われる筈のケーキで、最後の一口を惜しまれるなんて想像もしていなかった。
どうせ冷たい視線だけを注がれて終わるであろうと思っていたのに。
一気に心の中に後悔の念が押し寄せてきた。
自分はなんて物を彼に食べさせてしまったのだろう。
美味しいものは幸せなのだ。
なのにそれを誠実に作ることもせず、ただただ現状から逃げ出す為だけに自分本位なものを作り出して。もう自分本位なものは作らないと決めていた筈なのに。
そしてそれを誰かに食べさせた。
彼はそれを惜しんでくれた。
嗚呼、と嘆く気持ちよりも先に、は最後の一口を食べ終えたラディッツの手を掴んでいた。
「ラディッツさん……!!今日のケーキは上手く出来なかったんです……!!もう一度、あたしにチャンスを貰えませんか?!」
の勢いにラディッツは目を見開いたが、掴まれた手とを交互に見遣ると、僅かに視線を逸らす。
「……上手く出来なかった……?地球人の味覚は知らんが、美味かったと思ったのだが……」
「いえ……。今日のケーキの出来は……その、食べて頂いた後で申し訳無いんですが……本当に良くなくて……。なので次こそは……!もっと美味しいものをご用意しますから!!」
折角地球にまで足を運んで貰っておいて、失礼な物を供したままではいけない。
一口を惜しんでくれたラディッツにもっと幸せなものを。
そう考えると俄然調理がしたくなってきた。我ながら単純でゲンキンなものだと嘲笑いたい気分がこみ上げてくる。
あんな機械的に作り上げるだけの味気無い調理ではなく、食べてくれる人のことを想って作るのだ。だって美味しいは幸せなのだから。
この勢いに飲まれるようにラディッツはただ反射的に小さく頷いた。
その反応には感激する。
良かった。
一度ならず二度までも自分本位なものを作ってしまった汚名を返上出来る、と。



意気揚々とがブルマの家を出て行った後で、輸送役の悟空を待つラディッツにブルマは近付いた。
「サイヤ人にも記念日ってあるものなの?」
「?……質問の意図が分からん」
「地球は今日、好きな男性に女性からチョコレートを送って好きって気持ちを伝える日なのよ。だからもアナタにチョコレートを持って来たってわけ」
「……俺に……?何故だ。俺とあのメスは別に何も……」
「あら、何もないって言い切れる?私が孫君にアナタを呼んでもらった理由、もう忘れたの?」
「……」
「サイヤ人と違って地球人って奥ゆかしいのよ。特には引っ込み思案だしね。さっきのチョコレートも地球人の目から見たら凄く凝ってるわよぉ……。本当に好きな人にしか作らないような内容よ」
「……そう、なのか……?」
ブルマの言葉にラディッツは居心地悪く視線を泳がせる。
ラディッツの容貌に怯えた風で、ともすれば小動物にさえ見える彼女の仕草にどう接して良いか分からず、余計なことは言うまいと会話を避けていたのだが。そんな態度を示していたにも関わらず、好意的な解釈をしてくれていたということか……。
弟の話を信用するなら、地球人は番が出来たらずっと一人に決めるらしい。
それはラディッツの価値観にとても近いと言える。
先の妻はサイヤ人らしく唯一を決めることは出来ないと宣ったが、という地球人はどうなのだろうか。短い会話の記憶を辿る限りではラディッツの価値観を肯定的に捉えている節はあったけれど……。
「次は28日後に来なさいよ。28日後は気持ちを伝えて貰った男性がお返しと返事をする日なんだから」
「……何故そんなに日が空くのだ」
「だってとびきりのお返し用意しなきゃいけないじゃないの。それに、アナタ今すぐ返事が出来るっていうの?」
む……と、ラディッツは言葉を飲み込んだ。
確かに正論だ。
お返し、と言われても何を指すのか今ひとつ良く分からないものの、返事をするとなると時間が欲しい。
失敗作だったと言う割には物凄く味の良かったちょこれえとなるものは、ベジータの妻の言葉を信用するならラディッツの為だけに作られたものらしい。
そんな風に言われると暫くメスは不要と思っていたが……悪い気分にはならない。
「……分かった。ならば28日後に改めるとあのメスに伝えておけ」
それだけの時間があれば返す物はともかく、返答くらいは出来るだろう。
具体的なアクションや言葉などは無かったが、こうして何かを贈り合うのが地球流なのかもしれない。
しかし、それならそうとの口から聞かせて欲しかったような気もする。何せラディッツは地球のことを良く知らない。文化の違う求愛行動を見せられても、それと理解出来ないのだから。
奥ゆかしいにも程があるのではないだろうか……。



3月14日。
世間で言うところのホワイトデー。
ラディッツが再び会う日をこの日に指定してきたことには多少驚いた。
地球のことには明るくない風の彼だから、おそらくは偶然であろうけれど。
前回の苦い記憶のチョコレートケーキは忘れてほしいので次はホワイトデーに因んで生クリームの真っ白なケーキを作ることにした。
そして、5号では物足りないと言われたから、うんと迷って7号サイズの型を使った。今回は前回のように投げやりな気持ちも全くない。大ぶりにきちんとカットして苺の傍にミントを添え、淡い桜色の粉糖をケーキの縁にほんの少し振るい掛けてみた。我ながらとても可愛らしい出来栄えで満足だ。
嗚呼、誰かの為の調理って楽しい。簡単な装飾を施す瞬間にさえ心が躍る。
これだ、この瞬間には言い知れぬ幸福に包まれるのだ。
ブルマが好きなだけ趣味に没頭しても構わないと言った理由が、今なら少しだけ分かる。宇宙人であるラディッツを紹介しようとした理由も。
ゆうに4人分はあるチョコレートケーキを平らげてまだ足りないと言うラディッツは、確かに地球人のでは図れない生態を持っているのであろう。そしてその生態がの趣味に都合が良かった。
今回思い知ったのは人は第一印象では推し図れない何かがあるということ。幼馴染のブルマはの事を良く知った上でラディッツを選んでくれた。きちんと根拠もあった上でとラディッツを引き合わせたのだ。
何かと向こう見ずで見境の無い性格は否めないが、ブルマはブルマできちんと思いやりも持っている。そうでなければ今まで付き合いを保てることもなかっただろう。
三度目の顔合わせの今日、場所を提供しているブルマは「もう私要らないでしょ。何ならの部屋に行けば?」と言ってさっさと部屋から出て行ってしまった。
後半はニヤニヤしながら冗談のように言っていたが、もしかしたら半分くらいは本気で言ったのかもしれない。
机の上にきちんと装飾して切り分けた分と、その残りを取り出して置く。
持ってくる時も前回よりずっと慎重に運んで来た。一か月前と比べて心底ゲンキンな自分自身を恥ずかしく思う。せめてラディッツには見抜かれていなければ良い……とも。
「……前の物と見た目が随分違うな。これも菓子なのか」
「はい。今日はホワイトデーなので……白いケーキにしてみたんです」
興味深そうに覗き込まれて、近くなる距離にどきっとした。
向こうは何も思っていない筈だと思えばこそ、動揺を隠したいは意識的にラディッツから視線を外す。
「これが俺の分か?」
どぎまぎするを尻目に彼が指をさしたのは、ラディッツ用にカットしたケーキではなく、カットした残りの部分だった。
サイズとしてはカットした方に比べて大きいのだが、ミントや粉糖での装飾は全く施されていない苺が乗っただけの代物である。
足りないようなら追加で食べてもらえば良いかもしれないと思って持ってきただけで、ラディッツに供するつもりは全く無かった物だ。
「えっ……あの、そっちが良いですか……?」
「別に俺は招かれた側だからどちらが良いと言うことはない。地球人の一人分も知らんしな。作ったお前が好きな方を決めれば良い」
「き、決める……。あの、あたしはケーキ……これを食べるわけじゃないですよ……?」
「何だ、一緒には食わんのか。地球人はオスとメスは離れて何かを食うものなのか?」
「いやいやいや!そんなことは無いです!」
「ならば一緒に食えば良かろう。突っ立って見ているだけというのも間抜けな話だしな」
そう言うとさっとフォークを取り、大きい方……つまり装飾の施されていない方に躊躇いもなく突き立てた。
「あっ……」
予想外の行動である。
に選択権を委ねたのかと思いきや、まさか答えを出す前にそっちを選んでしまうとは。
しかし呆然とラディッツの挙動を見つめていたら、再度訝しげな声を掛けられた。
「どうした?メスはそういう華美な見た目のものを好むだろう?特に地球人はそういう感覚が色濃いと聞いたぞ」
「!」
どうやら目に見えて可愛らしい方を譲ってくれたらしい。
折角ラディッツの為に施した装飾だったのに……と、思わなくもないが、もしかしなくとも気を遣われてしまったようだ。
「あ、ありがとう……ございます……」
ぎこちない礼の言葉にラディッツは視線だけでを見遣る。
冷たい空気を孕んだ仕草には一瞬体を強張らせた。
「……お前はベジータの妻とは全く性格が違うようだな。堅苦しい話し方は止せ。話し辛い」
「え……っ、あ、はい……うん、ありがとう……」
重ねて気を遣われてしまったのだろうか。とても恐縮した気持ちになる。
それでも折角譲ってもらったのだからとフォークを手に取った。
ラディッツ用と思ってカットしたケーキは相当に大きい。贅沢と言えば贅沢かもしれない。
子供の頃、大きなホールケーキに憧れて、いつか一つ食べてみたいと思ったことを思い出す。今も結局、この大きくカットされたケーキすら食べきれるかどうか分からないのに。
「……ふふ」
「何か可笑しいか?」
「ううん。これ、地球人一人分としては……とっても多いから……」
「多い?たったこれだけで地球人は事足りるのか?サイヤ人はこの程度では食べたという程ですらないぞ」
事もなげに告げられた内容が衝撃的すぎる。
では彼らは一日のどれくらいの時間を食事に費やすのだろう。寝ているか食べているかのどちらかになってしまわないものなのだろうか。
「貴方たち、そんなに食べるの……?でも惑星規模だと食材も有限でしょう……?収穫にも限度があると思うんだけど……」
「そういうものは育てるよりも金を出す方が早い。それに一部は遠征先で適当に獲物を狩って輸送している。サイヤ人は腹が膨れるなら何でも構わんからな」
「えんせい……?」
「聞いていないのか?サイヤ人は戦闘民族だ。金で雇われてあちこちの惑星戦争の場に戦闘員として戦いに行く」
そんなこと初めて聞いた。
初日にラディッツは悟空と違って働いている、と言っていたけれど、つまり彼はあちこちの惑星に出向いては戦争を行っているということか。
「ち、地球で戦ったりは……」
「雇われることがあればするだろうな。だが地球は異星人の存在を認めていないだろう?惑星全面規模の戦争も起こってねえしな。今のところ需要はなさそうだと思うが」
「……う、うん……。確かに、そうかも……」
とは言えラディッツの話の内容はカルチャーショック甚だしい。
次々と言葉に乗せられた衝撃にくらくらしながらもラディッツが異星人であることを深く思い知らされた。
戦闘民族と言われれば確かにラディッツや悟空は鍛えられた体をしている。
悟空の武術は行き過ぎた趣味かな?と同じく行き過ぎた趣味を持つ同志としてこっそりシンパシーなどを感じていたのだが、実益まで折り込まれていたとは。
「それにしてもこのけえきと言う菓子は味が一つではないのだな。この前はちょこれえととか言ったか。元の素材が何なのか全く分からんが、甘くて美味い」
「ざっくり説明するとケーキは穀物を粉に挽いたものに、動物性の油脂や精製した糖を加えて練ったものをじっくり焼いて出来るの。後は自分で好きに装飾して……その装飾がチョコレートとか、今回のこの白いクリームだったりしてバリエーションが増えるの」
「ほう……随分手間暇をかけるのだな。そもそもサイヤ人には菓子を食うと言う文化が無い。カカロットが持ち込んだ時に初めて地球の菓子を食ったが、これは良い慣習だと思うぞ」
「えっ、ご飯いっぱい食べるのにお菓子食べないの」
「食事をするのに手間暇かけていたら効率が悪くて仕方ねえ。さっきも言ったが、俺たちはとりあえず腹が満たされればそれでいい。菓子とは嗜好品の類で間違いはないな?そういうものは専ら酒だ」
この意見は今日一番の衝撃だった。
美味しいものは幸せであると信じてやまないには信じられない言葉である。美味しいものを美味しく食べないなんて人生の半分以上を損している……いや、半分に止まらないかもしれない。
サイヤ人という種族の人たちは生まれながらにそんな勿体ないことをして生きているなんて……。
「凄く勿体ない……あたしだったら家族には毎日幸せな気分で美味しいものを食べてもらいたいけど……サイヤ人のひとたちはそうじゃないの……?」
「細かいことは気にしねえ種族だからな。まあ、価値観の相違だ」
「そんな簡単に……貴方があたしの家族だったらそんな言葉で済ませて欲しくないなあ……」
「……ふぅん、俺がお前の家族だったら……ねぇ」
含みを感じるラディッツの言葉に、は自身の失言を自覚した。
家族だったら、なんて配偶者と離別したばかりの彼に言う言葉ではなった。
特に、彼の言うところの『価値観の相違』で家族を失ったラディッツには酷なことを言ってしまったかもしれない。
怒らせてしまっただろうか。心なしか背中が汗で冷たくなったような気がする。
しかしラディッツは寧ろほんの少しだけ笑って見せた。
友好的な笑みと言うよりは何かを試すかのように、やや首を逸らして。
「価値観の相違、で済ませたくないのならお前はどのような行動をして見せてくれるんだ」
「えっ……それは……、美味しいものを、毎日作ってあげたり……一緒に食べて、幸せな気分を共有したり……」
そう、如何に美味しいものが幸せであるとはいえ、孤独であればその気持ちは萎れてしまう。
「現状お前が言う状態に近いようだが」
「そ、そーです、ネ……」
食事とは、誰と食べるかという要素が非常に味に影響を及ぼすのだそうだ。
共に食事をしたいと思える相手出ないと、つまらないだけではなく風味も落ちる。
故にラディッツが今、を迷惑がっているのなら、目の前のケーキはその実力を発揮することなく事務的に腹に収められているだけと言うことになるだろう。
「やっぱり、あたしと食べるのは……つまらない、かな……?」
拒絶の言葉を貰ってしまうかもしれない恐怖を堪えながら、は何とか問うことに成功した。
これではっきりつまらないと一蹴されたらとても寂しい気分になるだろう。ひと月前は嫌われようとしていたくせに、調子の良いことこの上ない。
「その問いへの返答は、なかなか難しいな。しっくりくる言葉が見つからねえ」
ラディッツはフォークを置くと、思案するように腕を組む。
「俺とお前の間には価値観の相違による隔たりが確実に存在する。だが、そうだな……このけえきとやらはその隔たりを埋めるに役立っていると言える」 
「よ、よく分かんないよ…」
「この菓子は美味い。それを食って俺は満足だ。そう言うことだ」
「つまり、ちょっとは楽しかった?」
「……そうだな」
曖昧ながらも肯定の言葉に脳内が沸き立つような熱を持った。
自分の為ではなく人の為に料理をしたことは何度もある。その度にお礼の言葉や労いの言葉を頂いたものだ。
その中でもこの控えめな感想が抜群に嬉しいのは何故だろう……。
「嗚呼、良かった……」
思わず滑り落ちる安堵の溜め息。
目を細め微笑むその表情を眺めていたラディッツだったが、ふとその顔を覗き込む仕草をした。至近距離で視線がぶつかる。
突然の行動のようだが、それでいて何となく腑に落ちるような不思議な感覚がを襲った。
きっとお互い予感があったのだ。
一度の顔合わせでそれっきりにならなかった二度目の時から。
分かりやすく言葉や態度でお互いを認め合ったわけではなかったけれど、少なからず悪印象ではない何かを拾っていたのだ。
そうでなければこうして和やかに三度目を迎えるはずがない。
そうでなければこうして距離を縮めるはずがない。
「ラディッツ、さん……」
「ラディッツでいい」
「じゃあ、あたしのことも、名前で呼んで……。初めて顔を合わせてから……まだ、一度も……」
「……。……
ブルマが連呼していたとはいえ、まさか名前をきちんと覚えてもらっていたとは。
驚きよりもじわりと胸に喜びの感情が広がる。
そっと顎を指で持ち上げられ、視線を合わされた。さっきまでは意識的に視線を外していたので、今日きちんと彼を見るのは初めてかもしれない。
相変わらず強い目で射抜くように見つめられる。しかし既に排他的な雰囲気は感じられない。寧ろ熱っぽさすら感じられ、はうっとりとした気持ちで目を伏せた。



ブルマの家は勝手知ったる他人の家ではあるのだが、そこで恋愛沙汰をどうこう出来るほどは図太くない。
家の主は席を外していたがキス以上のことが出来るわけもなく、触れ合う唇の感触を惜しみながらもラディッツとは今日のところはお別れをしてきた。
次回の約束は未定ながらも、ラディッツは小さな声で近々また来るとに告げてくれた。
その近々とはいつを指しているのだろう。その時も自分の趣味を存分に味わってもらいたい。
「……ああ、どうしよ……。なんか、もう会いたい」
昨日まではあの突き放したような態度に冷たさしか感じ取れなかった筈なのに。
ラディッツのあの優しい唇はとんでもなく狡かった。
の淡い呼吸を軽く吸い込んで重なる瞬間、心臓が甘い痛みを感じるほどにどきどきした。
触れられた部分の温かさは暫く脳内から離れそうにない。
気持ちを落ち着かせたくて、先程から温いシャワーを頭から浴び続けているけれど、全く効果は感じられず。
シャワーの雨に打たれながら浴室内で鏡に向かえば、何処か夢の中を歩いているかのような表情をした女と目が合ってしまう。
誰なんだこれはと他人の振りをして鏡の中の女の唇に指を伸ばしてみたりして。しかし鏡越しにその唇に触れることは叶わない。冷たい指先を鏡越しに合わせた状態で間抜けにも自分自身と見つめ合うこと暫し、本当に何をやっているのだか。
とは言え陶酔ばかりもしていられない。
星を跨いだ遠距離恋愛は目眩を感じるほど隔たりを感じてしまう。休みをとって新幹線で会いに行こう、とすら言えないこの距離……。ふと会いたくなって……なんて気軽に言うことも出来そうにない。
一体ブルマはどうやってこの距離を埋めたのだろう。
少なくとも、先だっては直接彼とやり取りをする手段が欲しい。
大して仲良くもない知り合い程度の悟空を介するしかないと言う現状は、にとって非常に都合が悪いのである。
早めにブルマに相談してみよう。彼女がラディッツと同じ惑星出身の宇宙人と結婚したのであれば、対策を知っているはずだから。
決意を新たに蛇口を止める。
嗚呼、今夜は何を作って食べようかな。
そうやって自分の為だけに献立を考えるのも悪くないが、実際のところ誰かの為の献立を考える方が好きだったりする。
次回ラディッツに会う時はお菓子ではなく、一食分ご馳走したい。その内容を考えながら今夜の夕食を作るときっと楽しいはずだ。
敬遠していた趣味への楽しみが戻ってきたのは本当に喜ばしい。
今夜は冷蔵庫にあるだけの物を食べて、明日は買い物も楽しもう。ただ事務的に食材を買うのではなくラディッツの為に……。
「!」
浮かれた気持ちで浴室を出て、リビングに向かったは息を飲む。
リビングのソファの上に今しがた会いたいなと思っていた男が気怠そうに足を組んで座っているではないか。二人掛けのソファのはずだが、彼が座るとゆったりとした一人掛けにも見える。
誰かがいるなんて想像もしていなかったので、驚きすぎて声も出なかった。本当に、よくぞ悲鳴を上げなかったことだ。
「びっ……くりした……。どうやって入ったの……」
「カカロットにやらせた」
「孫くんに……?あ、もしかして、あの急に出てくる不思議な……」
冷静さが戻って来ると共に心臓が痛いくらいの早鐘を打っているのを感じた。
ああやって突如現れるのが彼らの常識であるならば、次回からは是非とも遠慮してもらいたい。せめて、一言先に連絡を入れるなど。
「瞬間移動だ。あいつしか出来ねえ。一族どころか惑星ベジータ中のサイヤ人の中でもあれが出来るのはあいつだけだ」
「そ、そうなんだ……。でも、あの凄く驚くから……出来れば先に教えてね……」
互いに連絡先など交換した覚えもないので如何にして連絡を取るのかと言われればそれまでだが、悟空に瞬間移動をさせるなら悟空を通してブルマを経由するなど方法はあるはずだから。
控え目なの申し出に、ラディッツは若干ばつが悪そうに視線を逸らす。
「……今夜だけだ。返事はあれで良かろうかとも思ったが、何かを返すのが地球のやり方らしいからな」
「……返事……とは」
「ちょこれえととかいう菓子はお前の気持ちの表れとベジータの妻から聞いたぞ。地球人のメスはあれで暗に求愛をするのだとも」
「……きゅうあい……」
待って何の話をしているの。
もしかしてバレンタインデーの話をしている?
いやいやいや!あれはそういうのでは全く無いし、寧ろどちらかと言うと正反対な代物だったはずだ。
ラディッツとブルマがどんな話をしたのかは分からない。しかし完全に違う方向で伝わってしまっている……。
「……どうした。俺は何かおかしいことを言ったのか?」
の反応があまりにも薄いのでラディッツは訝しく眉を顰める。
「もしかして俺は担がれたのか……」
「えっ、や、ブルマちゃんがどう説明したかは分からないけど地球にそういう文化がないわけじゃないよ!……ちょっと斜め上に飛躍した解釈だけど……」
「ならば正しい解釈を説明しろ。今すぐにだ」
「えっ……た、正しい……?え、っと……バレンタインっていうのは……日ごろお世話になっている異性やパートナーに感謝の気持ちを表すものだったり……。好きな人に……好きですって伝える日だったり……」
「その説明では俺の解釈が間違っているとは思えんが」
「だ、だって求愛なんて言うから……その、結婚しましょうとか、とういう畏まったものじゃなくてもっと程度の軽い……」
「求愛に重いも軽いもあるのか?」
「……」
もしかして異星人という存在は相手を見つけたら即婚姻なのだろうか。
しばらく付き合いを続けてみたり性格の一致不一致などを確かめるための猶予期間などは存在しないのだろうか。
……だから彼は元配偶者とすれ違ってしまったのか。
「まあ良い。つまりお前はさほどの気持ちもなく、ただベジータの妻に請われたからあのちょこれえとを用意したということか」
「ええっ!違うよ!!や、最初は確かにそんな感じだったことは否定しないけど……」
「最初は、と言うことは今は違うのか?」
「……今は……後からついてきた感情だったけど、ラディッツからの行動……本当に嬉しいと思ってる、よ……?」
頼りなげに、それでも健気なさまで見上げてくる態度。
ラディッツにとってはこの上なく新鮮なものだった。
ある程度ラディッツの思想に近い婚姻観を持つとは言え、ただただ弱くどちらかと言うと蹂躙される立場にある地球人。
そんな種族と婚姻関係を持つに至った弟の事を変わり者だと思っていたが、庇護欲をそそるこの仕草。サイヤ人のメスに望むべくもないだろう。
可愛らしいという表現が相応しいか。前妻以外にそう思えるメスが存在しようとは……。それも他種族の。
衝動のままにラディッツは立ち上がり、の腰を抱き寄せる。
細くか弱い体は、ラディッツになされるがままだった。小さく息を飲むような声が聞こえた気もするが、無視をして顔を近づける。
一瞬遅れて、ちゅっと部屋の中に唇の触れ合う音が響いた。
「ん……っ」
やや強引な行動に驚いただったが、拒絶したりはせずやがて静かに目を閉じた。
嗚呼……これだ、これが欲しかった。はしたないと思われようとも、触れ合うこの瞬間をもっともっとと求めてやまなかったのだ。
充足していく気分から、小さな溜め息が漏れる。
重なり合うだけでは物足りない。もっと強欲になってしまう。
は思わずラディッツの首に腕を回した。
「はっ……、だめ、どうしよう……止めないで欲しいの……」
素直に請えば、腰に回された腕にぐっと力が籠る。
「……お前は奥ゆかしいと言われたが、意外と素直だな」
「こ、こんなことお願いしたのなんか……初めてだよ」
「ほう……ならば精々応えてやろう」
かぷ、と改めて唇が被さってくる。
今度はやんわりと唇を舐められたから、薄ら唇を開き自ら迎え入れた。
温かくてぬめったものが押し込まれる。
「ふっ……、ぅ、ン……」
くちゅ……と湿った音が零れ落ちた。上顎を軽くなぞられ、口の中で舌を触れ合わされる。
かき混ぜられた唾液を垂下しながら、ぞぞっと足元が覚束なくなるような感覚には震えた。
「はっ……んン、……腰抜けちゃいそう…………んふ、っ……こんな気持ち、初めて…………」
角度を変えては求められ、合間の呼吸が追いつかなくて溺れそう。沈んでしまわないようにラディッツの首に回した腕に力を込め、彼に縋り付いた。
ちゅ、ちゅ……と小さな音が響く度、唇を吸われたり舌を絡められたり。
こんなに深く唇で繋がった経験は初めてだ。
漸く離れる時には、既にの体は力が抜けてしまってラディッツに支えてもらわないと立っていられない程で。
そうやって彼の厚い胸に縋りながら、は小さく口にした。
「……まだ、貴方のこと良く知らないのに……帰らないでって言ったら軽蔑する……?」
指先まで痺れるようなキスを受けて、体が平静でいられない。
「……地球人の常識は知らんが、ここで帰るようなサイヤ人は殆どいねえだろうな」
「……立ってられない……。地球人には無理だけど、貴方なら運んでくれる?」
「お前の頼みならば」



本当に軽々と言った風にの体を抱き上げて、ラディッツの足はが指をさす方向に向けられた。
こうやって運ばれることなど初めての体験で、落ちないように腕を回してラディッツに体を寄せる。肌で感じる彼の逞しい体つきに、欲情の熱がのお腹の深いところでわだかまるのが分かった。
嗚呼、ただ抱き合っただけで爪先を震わせていることが知られたらどうしよう。
ベッドの上に下ろされながら、覆い被さってくる大きな影をうっとりと見上げる。
「……ン、ふ……」
さっきの続きのように唇を重ねられ、思わず溜め息が漏れる。
ぬるり触れ合う舌先の、混じり合った吐息が唇を焦がすかのようだ。
だけどそれ以上に脳の内側が熱い。ぢゅっと舌を吸われる度に思考が奪われてしまう。
下唇を食まれ、薄らと開いたところから侵入され、ねっとりと蹂躙されて。
「ぷは、……はぁ……、はぁ……」
角度を変えながら何度も繰り返されるキスだけでは体が融け落ちるような錯覚を覚えていた。
力の抜けた体をマットレスに沈めて小さく身じろぐ。
「息、止まっちゃうかと、思った……」
「地球人ってのは弱っちいと聞いていたが、こんなことで死にかけていたら体が幾つあっても足りんぞ」
「だって……あんまり、慣れてないんだもん……」
じっくりと自身が満足するまで堪能しきったラディッツは、緩慢な動作で上体を起こすと、の部屋着の裾を一気に捲り上げた。
「ひゃっ……!」
まさかいきなり服を捲り上げられるとは思いもよらず、思わす声が出る。
「……?何だこれは」
つい、と指先がブラの縁を撫でた。
くすぐったさよりも羞恥心が勝ってしまい頬が熱くなる。しかしラディッツは赤くなっているにはお構いなしに、指先を内側に潜り込ませながら。
「不思議なものを着ているな。地球人のことは良く分からんが……戦闘服のように伸びるのか?」
言うなりぐいっと下から引っ張り上げる。
構造上ある程度の伸縮性は認めるが、寧ろラディッツの力技に屈服する形で押し上げられ、裸の胸が彼の目の前に晒された。
「あぁぁ……やァ……、恥ずかし、……」
じっと見下ろされると居心地が悪く、無意識に肩をすくめて体を庇おうとしてしまう。
しかしラディッツはそれを許さず、の肩を掴んでベッドに押し付けた。
そしてそのまま胸元に顔を近づける。
「嗚呼、お前の体にはお前以外の匂いがまるで無い。他のオスの匂いがしねえってのは存外良い気分だな」
前妻の所業を彷彿とさせる物言いだと思った。
そして暗に、まさかお前も前妻のように裏切ることはないだろうなと釘を刺しているのだとも。
「この体に今から俺だけがマーキング出来るんだろ?俺だけのメスだとお前が周りに知らしめてやれるように……なァ?」
ぞろり、と胸の輪郭をなぞるようにぬかるんだ感触が皮膚の上を這った。ラディッツの口内に、の甘やかな肌の味が広がる。
滑らかで張りのある舌触り。堪らず、その膨らみにかぶりつく。
「あぅん……っ!」
押し殺し切れない嬌声に誘われ、舌先で軽く乳首に触れた。
その瞬間ほんの少しだけの背中が浮き上がる。
すべすべとした先端は撫でる度に硬くなり、その弾力をラディッツは触れた舌先でやわやわと捏ね始めた。
「は、ァ……んっ、ん……、くぅん……」
性感がの腰の上を一気に這いあがってくる。
内股の奥が重苦しくなり、じっと体を横たえてはいられないようなもどかしさ。尖った舌先が意地悪く乳首を弾く瞬間の言い様もない快感に、体は勝手に仰け反ってしまう。
「はっ……、はっ……ぁあ、あっあっあっ……」
仰け反る背中を掬い上げるように腕を回したラディッツは、の体を抱き寄せながら空いた胸にも手を伸ばす。
膨らみを確かめるように何度も掌で撫で回し、柔らかな感触を楽しんだ。
サイヤ人のメスと比べて地球人のメスの体は脆そうな分一層柔らかい。筋肉の少ないふっくらとした丸い肩や、薄い背中は確かに庇護欲と共にオスの情欲をそそる形状をしている。
成る程、弟が地球人を選んだ理由が分からなくもない。
甘やかで滑らかな肌も、柔らかで抱き心地の良い体も、事に及ぶには非常に好ましく感じる。身も蓋もない言い方をすれば興奮する。
ラディッツの腕の中で身を預け、浅く呼吸を繰り返す姿はオスの本能に容赦無く爪を立ててくる。
「地球人のメスってのは、オス好みする姿形をしているんだな……堪らねぇ」
「ラディッツ達の星の、おんなのひとは……あたし達と、違うの……?」
「少なくとも、お前ほど柔らかなメスに俺は会ったことがない。そういえばは傷も無いな。舐めた感触が一定で滑らかだ」
言うなりラディッツの舌がつううと這い上り、鎖骨の窪みをなぞった。続け様、かぷっと唇が甘噛みする。
「んん、くすぐったい……」
「それだけではなかろう?」
肌をやわやわと食むラディッツは、撫で回していた胸の先端をぎゅっと抓んだ。
「あは、あっ、あぁぁ……それだめ……」
意地の悪い指先が何度も乳首をきゅうううと抓っては放す、を繰り返す。
時折引っ掻くような仕草で刺激を加えられ、下腹の奥がじぃんと熱を持つのが分かった。
「は、あぁ、あー……っ、やぁ、きもちぃ……」
淡い快感が生み出す疼きを堪えるように、はラディッツの腰を膝できつく挟み込む。と、同時に、何か硬いものに触れたことに気付いた。
肌の感触とは違うそれは、彼の不思議な服である。ともすれば窮屈そうにさえ見えるそれが、ラディッツとの触れ合いを隔てているのだ。
何だか、それが無性に寂しい気がして。
「あっ、ン……ねぇ、……ラディッツは、脱がないの……?」
おずおずと言いにくそうに切り出され、言われてみれば戦闘服のままだったことを思い出す。寝台の上のが可愛らしくて、そんなことよりも先に手が出てしまっていたけれど。
「別に脱がねぇわけじゃ……」
嗚呼しかし、裸の肌にの柔らかな素肌が密着すると思うと興奮で尻尾が毛羽立ってくる。触れ合い、体温が混じり合う瞬間は得も言われぬ気分をもたらすに違いない。
無意識に喉を鳴らしてラディッツは戦闘服の裾を掴んだ。
引っ張り上げると目の前のが珍しそうにじっと見ている。
「ふ、不思議な……ものなんだね、それ……」
の着ているものもな。構造が良く分からねえから破られたくなければ自分で脱げ」
「……ん」
構造なんて説明すれば直ぐに分かるだろうけれど、ラディッツが脱いでいるのを眺めつつ、脱がしてもらうのを待っているなんてことは恥ずかしすぎるので脱ぐことにした。
それでも彼の逞しい体つきに興味を惹かれてちらりと盗み見たりして。
服を脱いでしまえば、本当に地球人と変わらない。こんなに鍛えられた体をしている地球人は少ないだろうが、尻尾がある点を除けば地球人と見分けがつかないだろう。
見ていることを気付かれないようにすぐに俯いて半端に脱がされていた部屋着を捲り上げる。嗚呼、衣擦れの音が気恥ずかしい。何処まで脱いでしまえばいいのだろう……やはり全部……?
戸惑いながらも下着を下ろしているとカツンと硬いものが床に落ちる音がした。反射的に視線を向けると、背中を向けたラディッツがベッドのサイドボードに何かを置いたようで……。
一体何を置いたのだろう。が、それが何かを問う前にラディッツが襲い掛かってきた。
「……服がなくなるとお前の匂いが一層強くなったな……。お前の作る菓子とは違うが……甘い匂いがする。特に……」
「きゃっ!」
いきなり足首を掴んで引き上げられ、の体が真後ろに倒れる。
そのまま腰を持ち上げられて内股を割り開かれた。そのまま無遠慮な指先がの粘膜を押し開く。
「はっ、はっ……ここが、この奥が美味そうだな……」
躊躇いもなくぢゅぢゅ、と吸い付きながら舌先が内側を掻き分けていく。
経験が乏しいが、男性にこんなことをされるのは殆ど初めてで、羞恥を超える衝撃と共に身を捩った。
「やぁっ、だめ、そんなところ……っ」
ラディッツを押し返そうと額の辺りを押してみるものの、びくともしない。それどころか舌先は更に粘膜の内側まで潜り込んでくる。
「んんぅ!はぁっ……あぁ、な、なか……、そんな、ところまで……」
「ぷは、フフ……溢れてきやがる……」
ねっとりとした感触が皮膚の薄い部分を這い回る感覚。何度も往復する舌が殊更丁寧に性器をなぞる。
膣口が収縮し、内股がぞわぞわと落ち着かない。そして肌が粟立つ程に気持ち良い。
「ああっ、ああぁ……そこォ、っ……」
縋る物を探し、シーツをきつく掴んだ。腰が勝手に跳ねて、ラディッツの顔に感じる部分を押し付けてしまう。
それを催促と取ったのだろうか。ラディッツの舌先は更に激しさを増し、ねっとりと撫でるのではなく尖らせた先端で膨らみ始めた敏感な部分を弾くように動き始めた。ぺちゃっぺちゃっと粘質な音が響く。
「いっ、うぅぅ……あぁ、いぃぃ……、そこ、すごいよォ……はぁっ、だめ、だめなのに……」
ラディッツの髪に細い指先が絡みつく。
既に抵抗の気配は全くなく、寧ろ求められているとさえ感ぜられる仕草だった。そっと視線をの顔に向けると、妖艶に背中をしならせて仰け反る白い首が見える。浅い呼吸に震える胸が堪らなくいやらしく見え、の柔らかな部分に触れたくなり、彼女のお臍の辺りを指先でなぞってみた。
「ふあっ……、あぁっ!……く、くすぐらないで……くぅん、っ……あたし、今、何されても……ッ、あぁ、だめぇえ……──っ」
押し殺したような嬌声が上がり、ラディッツの頭を抑え込むの指先。溢れた愛液がラディッツの顎を伝い落ちる。
「んぐ……、ン……。っ、ハハハ、あっけなくイっちまって何がダメだ」
口元を拭いながらラディッツが改めて圧し掛かってきた。
呼吸を乱してぐったりと体を横たえるに覆い被さり、首元に顔を埋める。
「嗚呼、どこもかしこも柔らかい……いやらしい体しやがって……」
脆いの体を潰さないよう慎重に抱き寄せると、しっとりした肌の柔らかさが直接伝わってくる。
先程の想像以上に気持ちが良い。下腹部だけでなく、尻尾の先まで太く毛羽立ってしまって興奮を抑えきれない。
堪らずの足の間にこれ以上ない程勃起した男性器を押し付けた。それだけでさえ相当に性感を刺激され、にゅるにゅると勃起での足の間を擦る。
下品な愛撫には思わず両手で顔を覆った。
こんなに濡れたのは初めてで、ともすればこのまま彼を受け入れてしまいそうだ。さっきまで意地の悪い舌先で弄ばれていた部分に勃起の先端が当たるだけで爪先が甘く痺れるくらい感じてしまう。
だけど僅かに残った理性が警鐘を鳴らしている。避妊をしないままなんて、いけない筈だと。
「あっ、ま、待ってラディッツ……そのままは……」
「好きにマーキングして良いんだろうが。たっぷり出してやるからお前は俺のメスだと周りに教えてやれ」
弱々しいの制止を聞き入れず、震える入り口に熱く充血した先端がとうとう侵入する。
殆ど抵抗もなく受け入れていく自分の体に自身が一番驚いていた。
ぬるぬると内側の壁を擦りながら侵入してくる熱がぞっとする程の快感を与えてくる。
「あああ……ッ、うそ、入って……、あぁっ、あー……ッ」
ほんの少しラディッツが腰を使うだけで、体は快感に喘ぎながらその全てを飲み込んでしまう。
ずぐっと最奥を叩くかのように根元まで突き入れられた瞬間、意識を飛ばしてしまうかとさえ思った。
「はー……、はー……嫌がった割に……、スゲェ食い付きだな……。めちゃくちゃ締めておいて説得力の欠片もねえ」
繰り返されるラディッツの熱い呼吸が耳に触れる。たったそれだけでもお腹の奥が熱く収縮してしまい、は下唇を噛んだ。
しかしラディッツは容赦ない。
馴染む間も待たずゆっくりと腰を揺らめかせた。浅く抜かれたと思うと深く突き込まない程度に押し込まれる。
ぷちゅ、ぷちゅ……と粘液が擦れ合う音が控え目に繰り返された。
焦れったく体内を行き来する感覚が生むもどかしい性感に脳内が熱を持つ。
ゆるゆると擦られるだけなんて。
もっと思い切り欲しいのに。
このままでは腰に重たくわだかまる熱が溜まっていく一方だ。
「あぅんっ、やぁっ、それやだ……っ、あぁ、あぁぁ……、もっとォ……」
「ハッ、何だ、素直にもなれるじゃねえか。もっと?もっと何だ、言ってみろ」
もっと、の先を言ってしまえば取り返しがつかなくなるのは分かりきっている。
嗚呼、だけど快感を欲しがる本能を抑えられない……。
「つ、突いて……、思い切り、深いのが欲しい……っ」
「このままは不本意なんだろ?」
「良い、っ、良いから……!ラディッツの好きにして……!」
零れ落ちたの要求にラディッツは目を細める。
求められるのは本当に気分が良い。
上体を起こしての横に両手を突くと、試すように一度グッと深く突き上げてみた。
「んあっ!はぁ、はぁあ……すごい……気持ちィ……」
蕩けた表情でうっとりと快楽を享受するの可愛らしいこと。
こんな部分まで柔らかいのに、熱くてきゅうきゅうラディッツを苛んで、思わず背筋にぞくりと冷たい快感が走った。
本能に衝き動かされるまま、更に規則的にぐっぐっと体内をノックしてやったら髪を乱して身を捩らせる。
「あぁっ、奥ぅ、きてる、……ッ、そこスゴい……っ、もっと、欲しい……、ラディッツが……ほしいよォ」
素直に求める言葉が柄にもなく嬉しくて、ラディッツをくすぐったい気分にさせた。
不快ではないが、それを彼女に見抜かれるのは嫌だったので。
、顔を上げろ……ッ」
荒い声で命令すれば、は弾かれたようにラディッツの方を見る。
蕩けた視線が向けられ、それはそれでこみ上げるものを感じたが、気付かれぬように覆い被さり乱暴に唇を重ねる。
「……んむ……ッ」
ラディッツに唇を割り開かれて、ねろねろと口内を掻き回される。
混じり合った唾液の味が広がって夢中で垂下した。擦り合わせた舌先の触れ合いがいやらしくてぞくぞくする。
窒息しそうなほどのキスはやはり溺れてしまいそうで、はラディッツの首に腕を回して縋りついた。
すると、ラディッツも触発されたかのように背中を力強く抱きしめ返してくれる。嗚呼、どうしよう。ただそれだけのことに思い切り感じてしまい、は体内をきつく収縮させた。
「ふはっ……ク、っ……締まる……」
上擦った声がラディッツの興奮をに伝える。
拙く慣れないこの体でも彼は感じてくれているのだ。
ずぷっずぷっと再び律動が始まる。
今度は焦らしたりしない。お互いに快感を貪るような深さで繰り返す。
「んっ、ふ、っ……はぅ……っ、ラディ、ツ……」
先程とは違い、的確に気持ちの良いところを突き上げられてはラディッツの背中に爪を立てた。
「はっはっ……あーっ、イイ、腰が、止まらねえ……」
「あたしも、きもちィ……っ、はぁあッ……ね、もう一回、っ、キスして……っ」
強請り伸ばした舌先がかぷっと咥え込まれる。
ちゅぱ、と音を立て吸われたかと思うと、彼の口の中で優しく絡められてうっとりするような愛撫を受けた。
その合間にもラディッツの腰付きは徐々に激しさを増していく。突き上げられる度に深い部分が重苦しく戦慄た。
きゅうううんと切なくこみ上げてくる絶頂の波で爪先までもがぴんと張り詰める。
「ひぅ、ん、ふあ、らめ、イきそ……」
びくびくとお腹の中が苦しく震え、無意識に腰を浮かしてラディッツの与えてくれる快感を享受した。
「は、ア……っ、良いぜ、俺も、もう、少し……っ」
「あぁんっ、やぁ、激し、ッ!……あぁ、そこ、そこっ……!突いて、あはァ、当たるぅ、そこイイぃ……ッ」
結合部はぐちゃぐちゃにぬかるんでおり、愛液が掻き混ぜられじゅぶじゅぶと粘質な音を立てている。
ラディッツは体を起こすとの足を押さえつけ更に深くまで突き立てた。
脳内では孕ませてやろうとしか考えられなくなっていた。快感に思考が奪われる。ただただ最も深いところで自身の種をばら撒こうと、そればかりだった。
快感が強すぎるのか、ともすれば逃げようとのたうつ彼女の腰を掴み二度三度と体をぶつける。
そして興奮に任せての深部を思い切り抉った瞬間、彼女が背中をしならせた。
「んはぁっ、あーイくっ、イク、イくゥっ……!」
ぞわ、とは全身が総毛立つ感覚を覚える。張り詰めた糸が一瞬にして切れるような、思考が停止するような。
断続的に膣壁が収縮し、びくっびくっと反射的に体が跳ねた。
「ぅ……っ、締まる……」
搾り取るかのように戦慄くの中、ラディッツは追いかけるように腰を振る。
「ひっ、あ、待って、イってるから……!う、動かしちゃ……ッ」
「聞けねえ……ッ、はっ、もう、すぐ……、あぁ……ッ、イく、出る……、あーっ、出るッ!」
ずんっと体を貫かれる衝撃。
指が食い込むほどきつく腰を掴んでの最奥を突き、ラディッツが動きを止めた。直後にじわりと広がる温かな感覚と微かな脈動。
「はーっはーっ……はあぁ、スゴ、い……」
収まりきらない程の温もりが内股を伝い落ちた。紛れもなくラディッツの精液がお腹の中にぶちまけられている。
ぼんやりと戻り始めた理性が、いけないことをしたと訴えかけてくる。が、の中に後悔はなかった。
愛おしそうにの体を抱き寄せてくれるラディッツの優しい腕にその理由を垣間見る。
「……ねえ、まだ、伝えてなかったね。あたし……、ラディッツが、好きだよ」
「とっくに知っている」
「だよね。だってあたしもラディッツがあたしのこと好きなの知ってるもん」



事後の雰囲気に甘えていようかと思っていたら、ふとラディッツがこんなことを言い出した。
「……ベジータのメスは信用ならねえ」
「ブルマちゃんのこと?いきなりどうしたの?」
「あいつは一番最初にが俺に気のあるようなことを言ってきた。さっきのお前との会話でそれが嘘だったと分かったがな。生意気な態度も気に食わねえがふざけた真似を……」
「ま、まあまあ……。ブルマちゃん、先見の明はあるから結果的には良かったでしょ?」
機嫌を取るように胸元に縋りついてみる。
こんなもので機嫌が取れるかどうかは分からないが、それでもラディッツはを一瞥だけして肩を抱き寄せてくれた。
他人を寄せ付けないような雰囲気を醸し出している割に、こういう触れ合いには積極的なのだろうか。まだはっきり判別がつく程知り合ってもいないのだけれど。
「……まあ良い。その時にちょこれえとを貰ったオスは今日何かを返すのだと聞いた。手を出せ」
「え……」
気怠そうに差し出されたものを反射的に受け取った。
そう言えば服(?)を脱いだ時にラディッツが何かをサイドボードに置いていたっけ。
手渡されたものは小さくて硬い鉱物のようなもの。
「……石?っていうか……きらきらしてて宝石みたいな……」
「カカロットに地球人のメスが喜びそうなものを聞いた。丁度遠征時に見つけた光の反射する石だ。地球人のメスは光る石が好きなんだろう?サイヤ人のメスには興味のない代物だから気にしたことはなかったが……見つけた時にお前の瞳の色を思い出したから持ってきた」
成る程、地球に存在する宝石ではないようだが、基準としては宝石に準じるもののようだ。いや、地球上ではここに一つしか存在しないということは相当価値基準の高いものであるといえるかもしれない。
「確かに地球では希少価値のある石を宝の石って呼ぶけど……。不思議……真っ黒で透明じゃないのに中にたくさん光る粒があるのが分かる……」
光を受けると散らばった細かい粒子が反射して、夜空を彷彿とさせる石だった。ラディッツはこれにの瞳の色を見たというのか。
「綺麗……。あたしの目、ラディッツにはこんな風に見えてるの」
間接的に褒められた気がして何だかとても照れくさい。
しかし、当の本人も大概その自覚はあるらしく、視線を向けると目を逸らされた。
「加工して貰って身に着けられるようにしたいな。大事にするね。ラディッツ、ありがとう」
「……礼には及ばねえ。先にちょこれえとを貰ったのは俺だろうが」
「や、だからあれは失敗作で……」
「ふん……。ならばもう一回付き合え。地球人の事は知らんが、俺の愛情はこんなものではないぞ」
え、と思っている間にラディッツの顔が間近に合った。
息を飲んでどぎまぎしていると軽く額をくっつけられる。
嗚呼、ちょこれえとの代わりになるかどうか自信はないけれど。
貴方の愛がここにあるのならば、ベッドの上は愛の食卓。
美味しいものは幸せと同じ。貴方好みの味付けで心ゆくまで召し上がれ。