最底辺の女

 集められた同族の面々を見て、嫌な予感がしたのは恐らくだけでは無かっただろう。
 大掛かりな作戦の為と説明されて赴いてみれば、集合場所に集められた仲間たちは全てメスだった。それもここ最近成年体になったばかりのような若い顔ぶればかり。かくいう自身も体が完全に大人になってまだ一年ほどだ。
 若手のメスばかりを集めて行う作戦……それも大掛かりな……? 二つ三つほどの可能性が頭を過っては消える。どれも、残念ながら碌でもない可能性ばかりだ。
 もっと注意深く顔ぶれを観察してみる。皆がメスであること以外に一番わかりやすい共通点を挙げるならば全て下級戦士ということか。しかしそんな共通点など手がかりになるはずもない。大規模な作戦を行うために人手を集めるのなら下級戦士が集められるのは普通のことだ。周りも恐らくは同じように感じているのだろう。きょろきょろと辺りを落ち着きなく見渡し、顔ぶれを確認しては状況を把握しようとしている者が散見される。
 そして周囲は異様に静かだった。大人数が集まった割に皆一様に静かである。恐らくはあまり顔見知りでないものばかりが集められているのだ。自身、誰かと情報交換しようにも顔見知りを見かけず、声をかけるか躊躇ってしまっている。所在なさげに皆、視線だけで辺りを見回しては俯く、と言った様子だった。
 が、それもややの後に終わりを告げる。先程から一番前に立って周りを見渡していたまとめ役と思しきメスのサイヤ人が、全員に適当に四列に並べと言ったのである。一瞬空気がぴたりと止まったが、誰からともなくのろのろと動き出し、列が出来上がった。まとめ役はそこから数を数えると、得心したように頷き一番前に戻ってくる。
 改めて皆の前に立つと勿体ぶった様子で口を開いた。
「全員集まっているようだ。ではこれから任務を伝える」



「おい、バーダック。ラディッツを見なかったか」
 後ろから声をかけられてバーダックは面倒臭そうに振り向いた。声の主に心当たりはなかったが、手元に何やら紙を持っている。それだけでどういう役職の者であるかは何となく察しがついた。
「知らねえよ。今朝も会ってねえしな」
「……そうか。なら……」
 相手はバーダックの返答から情報を得られぬと理解し、立ち去ろうとする。しかし踵を返したその肩をバーダックが掴んで引き止める。
「何だ?」
「それあいつの任務の指令書だろ? ちょっと見せろ」
 目敏く見つけた手元の書類を勝手に取り上げてしまう。別に極秘任務でも何でもないものなので好きにさせる。バーダックはこういう人物だ。ひとしきり好きにさせておけば、興味を失った時に手を離すことを知っている。
「フゥン……なかなか面白そうな惑星じゃねぇか。これは俺が行ってやるよ」
「馬鹿言うな。お前はお前で次の任務を待て。もうすぐ次の指令が……」
「もうすぐって何時の話だ? 何か知らねぇがもう十日も待機させられてるんだぜ。退屈で死にそうだ。次の指令なんか待たせとけ。言っておくが、止めても無駄だからな」
 『無駄』という言葉を殊更強調する辺り、言うことを聞く気はないようだ。確かにバーダックの実力であれば指令書の内容も問題なくこなすだろう。勿論今すぐスカウターで人員を集めてバーダックを無理やり捕まえることも出来るだろうが……。
「行くのならば五日で戻れ」
「指令書じゃァ七日の予定らしいぜ?」
「年若いラディッツ達であれば往復七日を見込んでいるが、お前のチームなら五日で制圧して帰ってこられるはずだ。遅れたらまた十日暴れる機会を取り上げるからそのつもりでいろ」
 高圧的な口調に怯む様子も見せず鼻で笑うと、バーダックは掴んでいた相手の肩から手を離した。そして今度は自身が踵を返す。既に興味は新たな惑星を制圧することにあるらしい。好戦的な性格はまさしくサイヤ人の正しい姿だ。だからこそ、本当の任務を全うさせたかったのだが……。
「多少鬱屈させてストレスを与える方が後の任務に効果的かと思ったが裏目に出たな……」
 バーダックの背中を見送りながら呟かれた言葉は誰にも届くことはなかった。



 バーダックがチームを伴い惑星ベジータを離れた頃。
 息子であるラディッツのところにはバーダックへの指令書を持った者が訪ねていた。
「ラディッツ、バーダックが帰って来たらこの指令書を渡してくれるか」
「帰ってきたら? 親父は待機中だから遠くには行っていないはずだが。スカウターで位置を確認したらどうだ」
「……お前宛ての指令書を奪って勝手に飛び出したそうだ」
「……」
 返答に、思わずラディッツは視線を逸らす。道理で家にいないわけだ。最近暫く待機状態が続いていたことは知っている。存外大人しく待機しているな……と安心していたらこれだ。放蕩者の父親に協調性を求めることは不毛であることも知っているが、もう少し足並みを揃えて動くということも学習して欲しい。
「俺が代わりに謝れば良いのか」
「その必要はない。が、そのバーダック宛ての指令書の任務にはもう一人必須の人材がある。既にその者には任務を通達済みだ。バーダックが帰ってくるまでこの家に置いて欲しい」
「構わんが……。変わった任務だな」
「俺もそう思う。万一バーダックがその指令書の任務を放棄しようとしたら報せてくれ」
「あー……念の為先に言っておくが、親父は気に入らねえことは頑としてやらんぞ」
「承知している。そうでなければ待機命令を無視するはずがない。バーダックが帰って来次第お前に次の任務がいくはずだ。それまでは待機していてくれ」
「ああ」
 ラディッツの返事を聞き、全ての用が済んだのであろう。指令書を持ってきた者はそのまま去った。こんな書類を持参せずとも指令は一律でスカウターに直接連絡すれば良いものを……とも思う。そうしていればラディッツ宛の指令書をバーダックに持ち去られることも無かっただろう。ラディッツにしてみれば、暴れる機会を知らぬ間にバーダックに奪われた形である。放蕩親父の代わりに待機させられるなど全くもって迷惑な話だ、とラディッツは歯噛みする。しかし任務上チームを組む相手をこの家に置くとなるとラディッツが待機するしかない。ラディッツには母親はない。幼い頃に死別した。実は弟もいたのだが、事故で行方不明となっており、現在は父親であるバーダックと二人で暮らしているのだ。見知らぬ誰かをこの家に置くのであれば、誰かが残る必要があるのは明白である。
 とはいえ、バーダックは既にチームを持ち、基本的にはその単位で行動をしている。新たに人材でも充てがうつもりなのだろうか。
「戦力や成果としては現状でも申し分なさそうなものだが……」
 先程手渡された指令書に視線を落とす。特別目を通せと言われたわけでもないが、見てはいけないと言われたわけでもない。恐らくは誰が見ても問題のない類の指令書なのだろう。無意識にラディッツはバーダック宛の指令書に視線を走らせていた。
「……何だこれは……」
 内容をあらかた読んで、ラディッツはやはりこれは極秘の指令書だったのかもしれないと考えた。隠語で構成された暗号文ではないのだろうかと。公用の文字で書かれているため、内容が読めないとか理解が出来ないとか、そういうわけではない。寧ろ内容は端的に書かれていて全て理解できる。しかし、全て理解できるからこそ意味不明なのだった。こんな指令書をラディッツは未だかつて見たことがない。
──コンコン
 そうしていると、不意に控えめに扉を叩く音がして、ラディッツはぎくりとした。
 返答はせず、恐る恐る扉を開く。そこには一人の女が立っていた。ラディッツの脳内に指令書の中身が反芻される。嫌な汗を背中に感じつつ、要件を問えばこんな返答が飛び出してきた。

「バーダックに指令書がいっていると思うんだけど、今日からここで一緒に生活するよ。えーっと貴方は息子のラディッツよね。バーダックはどこ?」

 一気に指令書の中身が信憑性を増した瞬間だった。
「……親父なら俺の指令書を持ち出して勝手に制圧任務に行ったらしい」
「ええええ……じゃあいないの? 困ったなあ……。あたしもう家取り上げられちゃってるんだけど……」
「……その、詳しくは知らんが……、親父の任務に必要な人材が来るから家に置けと言われている……。お前のことで間違いないだろう。……ひとまず、中へ入れ」
 咄嗟にバーダックへの指令書の内容について知らない振りをしてしまった。気になる言葉も混じっていたが、あまり追求したくない。追求すると良くないことが起きそうな予感がする。後でバーダック宛の指令書を隠しておかねばならないだろう。ラディッツ自身の部屋に置いておけば勝手に見られることも無いはずだ。
「後から荷物来るんだけど、どうすれば良いかな」
「物置に使っている部屋がある。殆ど何もないからそこに置いておけば良い」
 元は死別した母親の部屋だった。遺品と呼べるようなものはバーダックが何処かへ(恐らくは自身の部屋に)持ち去ったようで、ラディッツが後日足を踏み入れた時には片付いてしまっていた。一応先にその部屋に連れて行くことにする。
「ここだ。勝手に出入りして良いぜ。……その、親父と任務が始まるまでは待機中になるだろ」
「待機中……まあ、うん、間違ってはないんだけど……。あの、あたしずっとここに住むことになりそうなんだけど……それ、分かってる?」
「あ……? あぁ……。いや、そうか、そうなんだな、……」
 勿論知っているし、何なら任務の内容も全部知っている。しかし最初に知らない振りをしてしまったことを思い出し、ラディッツは納得しかけた返答を濁すことにした。
 一瞬、言葉の間があく。
「……バーダックから何も聞いてないの? 指令書渡されたりとか……」
 視線を逸らして居心地悪そうに投げられた質問。俯くに真実を打ち明けるなら今しかないだろう。本当は知っていると。何故がこの家でずっと住むことになるのかを理解していると。しかしそうするとあまり言いたくないことまで知っていると暴露することになる。一瞬の葛藤がラディッツの脳内を駆け抜けた。
「知らんな。親父は気が乗らなければ命令も無視する。俺に伝える必要がないと思ったら何も言わんだろう」
 結局、ラディッツはに言わないことを決めた。嘘が得意なわけではないが、やはり言いたくないことに言及したくない気持ちが勝った。
「そう……。分かった。知らないなら……いいよ。またバーダックが帰ってきたら何か話があるかもしれないしね」
 の言及も止んだようでラディッツはこっそりと安堵した。隠すからには隠し通さなくてはならないが、嘘というものは別の嘘を生む。それを全て記憶して取り繕い続けていくというのは想像以上に難しい。少ない嘘で済むのならそれに越したことはない。
「そう、だな……だがまあ、お前たちの任務のことは俺には関係のないことだ」
 しまったな。また一つ嘘を吐いた。
「…………ラディッツ、……変なこと聞くけど、バーダックって誰か特定の人と付き合いがあったりする……?」
「お前の意図が分からんが……知らん。親父の交友関係はそれほどには広くはないと思うが」
 これは本当の話である。
 息子であるラディッツから見て、バーダックは社交的な性質ではないと思う。バーダック自身の戦闘力やリーダーシップに惹かれる者があるかもしれないが、逆の状態を想像するのは難しい。とはいえ、チームの仲間と軽口を叩きあうところは何度も目撃している。その中には紅一点も混じっていた。もしかしてバーダックと彼女が……いや、まずそれは無いだろう。根拠に乏しいが何となくそういう仲には見えないのだ。
「……もっと変なこと、聞いても良い……?」
「何だ」
「ラディッツは……特定の人との付き合い……あるの」
 この質問には息を呑まされた。軽く目で追いかけただけのバーダック宛の指令書の中身が鮮やかに脳裏に蘇る。暗号文で構成されているのではと疑った指令内容を思い出すと、には憐憫の情さえ湧き上がってきた。この先の面倒ごとを避けるならイエスと答える方が良いかもしれない。
 しかし。
「その質問、お前に何か関係があるのか? 別にそんなやつはいないが」
 幾度も嘘を重ねることを嫌い、ラディッツは真実を答えた。
 ・
 ・
 ・
 を物置に待たせ、彼女に見られる前に自室にバーダック宛の指令書を持ち込んだラディッツは改めてその内容を目でなぞる。
【…………直近の惑星人口調査について、著しい減少を確認。前回調査時と比較し、減少は拡大の一途である。議会決議によりオス個体のみの家庭単位から人口増加を目的とした活動を行う。
記の者については議会より派遣された人物と二個体以上の子を設けること。】
 やはりこんな指令書など見たことがない。しかしの言動を思い返してみると、恐らくこの指令書は本物なのだ。そして、確かにバーダック宛の指令書ではあるが、一箇所だけラディッツにも関係している部分がある。
 曰く、
【…………議会より派遣された人物と二個体以上の子を設けること。
又、オス個体の実子が存命の者については、子にも積極的に生殖行為に及ばせること。戦闘力ではなく個体数確保が目的であるため、親となるオス個体の戦闘能力は問わない。
達成目標について二個体以上が原則であるが、四個体以上の子を設けることに成功した場合には特別褒賞を与える。…………】
 つまり、ラディッツにもバーダックの任務と同等の権利と義務が発生しているわけだ。積極的に生殖行為に及べなどと命令される筋合いもないだろうと思うのだが、上から下がってくる指令が現場を理解していたためしなどない。きっと上層部の机上にはこの命令によりただ殖やされただけの子が、この惑星を支えている光景があるのだろう。
「独善的で反吐が出るな」
 ほんの少し言葉を交わしただけで、ちょっとした知り合いですらないではあるが、この指令書の内容には流石に同情を禁じ得なかった。本来ならばラディッツは既に制圧任務に出ており、この家でを迎えているのはバーダックだったはずだ。そしてラディッツの知らぬところでバーダックとは生殖行為に及んでいたのだろう。その後帰宅したラディッツにも、と生殖行為を行えとバーダックは命令したかもしれない。何も知らぬ自身がそれを受け入れたかどうかは今となっては分からない。既にラディッツは何も知らぬ身ではなくなっているのだから。
 ただ、彼女は殆ど顔も知らぬオスの子を孕めと命令されてこの家に来たのだ。下級戦士であるが故に絶対と課されたそれを、彼女はどんな気持ちで飲み込んだのか。部屋に案内した時、暗い声で質問を投げるの、伏せ目がちな睫毛の先が震えていたことをラディッツは見逃してはいなかった。



 程なくして持ち込まれたの荷物はあまり多くはなく、彼女に課された命令の強制力を肌で感じた。とはいえ人口の減少が問題ではないと思っているわけではない。繁栄という括りで見るならば、多くの人口を抱えてなお豊かな惑星というものは大いなる成功例である。そういう惑星を自分たちも狙っては略奪しているではないか。
「お前の荷物はこれだけなのか?」
「そうだよ」
 本当に身の回りの品だけといった様子にラディッツは疑問に思ったまま口にする。
「衣服や嗜好品は分かったが、寝台の類はどうした」
 ぎくりとの表情が強張った。瞬間、ラディッツは聞いてはいけないことを聞いてしまったことを理解する。荷物を運んでいた同胞が一瞬呆気にとられたようにぽかんとしたが、すぐにニヤニヤとした含み笑いを浮かべたのが見えた。まさかこの同胞も彼女の任務を知っているのか。と、すると取り返せないような失言をしてしまったことになる。
 は寝台の類を持ち込まなかったのではない。家同様取り上げられたのだ。恐らくはオスの寝台に無理矢理にでも上がらせるために。にとってラディッツの疑問は相当に答えにくいだろう。二人きりならまだしも、下卑た含み笑いを浮かべる同胞の前でなら、尚更。
「ああ、いや、不要……だったな」
口篭るに失言を返上するための助け舟を出す。ラディッツの言葉には一瞬目を見開いて彼を見たが、その挙動については同胞は何も感じなかったようだ。ただ、荷物を運び込んだ後、見送ろうとするに何か声を掛けているようだった。任務の内容を知る相手である前に知り合いだったのだろうか。引っ越しの荷物運びをするくらいなので、もしかしたら多少知った仲なのかもしれない。その割には同胞は好奇の視線でを見ているように見えた気もするが……。
 こればかりは聞いてみなければ分からない。ラディッツはと知り合いでもなんでもないのだから。しかしこれを聞くのは私生活に踏み込みすぎるような気もする。先程はバーダックとラディッツの交友関係を聞いてきた。あの時は全く思い至らなかったが、逆の場合もあることに気がついてしまったからだ。見知らぬオスの子を産めと命令されてきた彼女に、特定のオスが存在していたとしたらどうする。
 普通に考えて、特定のオスが存在するメスならばそのオスと番わせるのが一番効率が良い。誰も不利益を被ることなく順当に子が生まれるだろう。そして四人以上の子を成せば特別褒賞も頂戴できる。きっと普段より励むに違いない。
 しかし人口を増やすことを優先している上層部が、妊娠の可能性が高まると言うだけでオスが二人以上常駐する家庭単位を選んでいたとしたらどうだろうか。一人のオスにメスを充てがうだけでは効率が悪いと考えたとしたら。彼女は家どころか番う相手までも取り上げられたのだとしたら……?
 問えば答えるかもしれないが、そんな話を聞くのは気分が重い。やはり今は私生活に踏み込むことは避けるべきだろう。
 一人で結論を出したラディッツに、同胞を見送り物置部屋に戻ってきたが暗い声をかける。
「ねえ、アンタほんとは指令書読んだんでしょ」
 試すような視線が上目にラディッツを睨めつける。暗い声ではあったが、怒気を孕んでいることも声色から感ぜられた。
 さっき助け舟を出した時の反応で恐らく隠していたことはバレただろうなとは思っていたが、こんなに直球で聞いてくるとは思わなかった。何故ならこのままお互いに知らないふりを続ければ、少なくともバーダックがこの惑星に帰ってくるまでは、任務を行わずとも済むからである。しらばっくれているラディッツに真実を問うようなことはしないだろうと思って助け舟を出したつもりだったのだが、アテが外れたようだ。
 とはいえ、の問いを素直に認める必要もないのであるが。
「仮にそうだとして、それによって何か不都合でもあるのか」
「ふぅん……やっぱ読んだんだ。あたし何回も確かめたのに何で黙ってたの」
 何でと言われても。
 咄嗟に隠してしまったのだから仕方がない、としか言いようがない。あの指令書の内容はおよそ信じられないようなものだったし、ただ子を産ませるためだけに投入されたメスと事に及ぶ気もなかった。ラディッツが知らないままであれば、は少なくとももうしばらくは望まぬ生殖行為を強制されずに済む。そう感じただけだ。
 と、そんな恩着せがましい自論をに投げるつもりもなく黙るラディッツを見ての言葉は苛烈さを増す。
「あたし達周りに何て呼ばれてるか知ってる? 孕み袋だって。子供生むくらいしか能がない、戦力にならない最底辺のクズって言いたいみたい。アンタもそう思ってるんでしょ」
「見損なうな。俺がいつお前をそんな風に言った」
 今日顔を合わせたばかりでお互いのことなど殆ど知らない。故にのその評価は不本意だった。
「指令書読んだくせに知らないふりして笑ってたんじゃないの。さっきの奴みたいに」
「……蔑称で呼んだのはあいつか」
「そうだよ」
 最後に声を掛けている風だったのはその蔑称でを呼ぶためだったのか……? ラディッツの背筋にざわっとした苛立ちのようなものが瞬間的に駆け上る。同胞ながら見下げた下衆だ。確かにの指令書の内容を知ってニヤつくようなやつが、彼女の決めたオスであるはずがないのだ。
「……まあ、どうでも良いか。指令書の内容は本当のことだもんね。内容見たなら果たさなきゃいけない義務があることもアンタ知ってるんじゃないの」
「……」
「それとも敵前逃亡する? 図体おっきいのに案外臆病なんだね」
「……臆病だと……?」
 流石に黙っていられなかった。
 半分は怒りに任せた売り言葉であろうことは分かっていたが、戦闘民族の本能がその理解を拒む。誰のために指令書を読んだことを黙っていてやったと思っているのだ。
「聞き捨てならねえな。俺のことをよく知りもせず、ずけずけと好きなことを言う……」
「怒るってことは図星なんでしょ」
 背筋を走るざわつきが一層酷くなり、ラディッツはの胸元を乱暴に掴む。
「少し黙れ。後悔したくなければな」
「凄んでも無意味だから。指令書全部読んでるなら知ってるよね? あたしのこと殺しても追い出しても惑星追放モノの重罪だよ」
 そう、この指令は準優先指令扱い。成果が出るまでに時間がかかるため、特に期間の目標設定はないが、継続が義務付けられ優先順位が非常に高い。何より子を産めるメス種を害してこの指令を放棄した場合の罰則は、通常の指令放棄時の比ではない。の言うことは紛れもない正論であり真実である。
 だから胸倉を掴んでみたところでその先ラディッツに出来ることは少ない。殺さない程度に害することが出来ないわけではないだろうが、その行為は彼女を蔑んだ同胞よりも下衆な行為で気に入らない。
「こうやって掴んだまま交尾しようっていうの。最中に殴ったりするのがシュミ? 寝台もいらないってわけ?」
 は自身の胸元を掴むラディッツの手を柔く掴んだ。振り解こうとするような意思は感じられない。ただ、軽く添えられただけの感触にラディッツははっとする。
 ここは彼女の物が雑多に運び込まれただけの物置部屋。当然ながら寝台はない。そしてラディッツにはが言ったような悪趣味な性癖は持ち合わせていないし、何なら彼女に何かをしでかすつもりも毛頭ないのだ。ラディッツの手から徐々に力が抜ける。
「……親父の部屋が左隣にある。今晩はそこの寝台を使え」
「アンタの義務は」
「知らん。俺が一度でも親父の指令書を読んだと言ったか? 仮定の話はしたがな。つまり俺に義務なんかない」
「……臆病者」
「何とでも言え」
 ラディッツはに背を向け、物置部屋を後にした。手にはまだ、触れられた感触が残っているような気がする。
 の指がラディッツの手に触れたとき、青白くて冷たかった。口調の苛烈さとは裏腹に、緊張と不安で血の気が引いていたのだろう。正直なところ、怯えるメスをどうこうするような趣味もない。勝ち気なメスは好ましいが、怯えを隠すための去勢はそれとは違うことをラディッツは知っている。



 居住区から少し離れて、生活の場所とは別に溜まり場のような場所がある。誰が始めたのかは不明だが、住まいとは別に簡単な家屋を建て、チームや気の合う者たちで集まる場所。既に一種の区画を形成しており、集落と言うよりは最早もう一つの居住区のようで人通りはいつも盛んだった。
 ここでは遠征時の情報交換や成果物の交換なども行われたりする。故に時折聞こえて来る怒号などは日常茶飯事で誰も気に留めない。往来で殴り合いが始まれば野次と共に乱入者まで出てきたりもする。サイヤ人という種族の気性を目の当たりにする機会は、戦場だけでなくここにもあると言っても過言ではなかった。
 が家に来た明くる日に、ここにラディッツが訪れたのは仲間を求めてのことではない。のいる家にいるのが何となく嫌だったからだった。まだ彼女が家に来て一日。も居候気分なのだろう、あてがわれた物置部屋から出て来ることはなかった。が、顔を合わさずとも他人の気配がある家は居心地が悪い。もしかしたら、が最後にラディッツに投げつけた『臆病者』という言葉も引っかかっているのかもしれない。
 どちらにせよの分の食糧の蓄えが無いということもあり、物資の輸送庫に寄る前に少しだけ時間を潰そうと思ったのだった。ラディッツのチームは少し特殊であり、この区画に彼の仲間が現れることはまずない。一人はこの惑星の王の息子で、一人はその息子の幼い頃からの側近(と言うと語弊がある気もするが)である。こんな最下級の戦士ばかり集まる場所に来るはずもないのだった。
 ついでにここに父親の顔があればを押し付けることが出来て最高なのだが。放蕩者の父親なので、任務後自宅に帰らず仲間とこの区画で酔い潰れていても全く驚かない自信がある。完了報告はきっと友人の男が行うに決まっているのだ。彼に面倒ごとを押し付けた後、普段であればふらふらと飲み歩いているに違いない。
 しかしながら、昨日の今日で戻っているわけもない。ラディッツは言いようもない重苦しい気持ちになりながら辺りを見回した。帰っているわけがないと理解しているのに、姿を探してしまうのは何故だろう。無意味な行動だ。理論的でもない。
 しかしラディッツは見回した視線の先に見た顔を見つけた。昨日の荷物を運んできた同胞のオスだった。
 途端に重苦しい気持ちが輪をかけて重くなる。昨日のとのやり取りを思い出してしまったからだ。不愉快な蔑称でを呼んだ奴。おかげさまでラディッツは非常に嫌な思いをさせられたわけなのだが、当の本人は隣の友人と思しきオスと楽しそうである。誰のせいで家にいるの苦痛になったと思っているのだ。無性に腹が立ったが、関わり合いになる方が神経を削られそうだとも思う。気付かなかったふりで輸送庫に向かおう……。
 そうして視線を外そうとしたラディッツの目の端で、ニヤニヤ笑っている口元がはっきりと動くのが見えた。否、見えてしまった。
 弾かれたようにラディッツはもう一度そちらに視線を移す。大振りな身振り手振りで話している様子を見るに、相当夢中で話しているのだろう。どこへ向かうつもりなのかは知らないが、ラディッツは輸送庫に向けた足を彼の方へ戻した。そのまま足音殺して後ろから近づいていく。
 あのオスが偶然横を向いていたのは僥倖だった。そうでなければ鬱憤晴らしの機会を逃すことになっていたに違いない。
 あの時、に向けていたようなニヤニヤとした笑いを浮かべた彼の口は、間違いなく『ラディッツ』と動いたのだ。



「何かメス専用のスゲー任務の手伝いしたんだよ」
「あれか。子供増やそうとか言う噂の」
「何だ知ってるのか。つまんねえ」
「俺は噂だけだと思ってたぞ。実際宛てがわれた奴見たことないし」
 それなりに大人数のメスが選ばれたとはいえ、種族全体で見れば微々たる数だ。ピンポイントな知り合いでもない限り、宛てがわれた者を見つけるのは難しいだろう。
「荷物運びの手伝いさせられたんだ。当然俺以外にも手伝った奴はいるだろうから噂がじわじわ広がってんだろうな」
「手伝いってそう言うことか。お前が当事者かと思った」
「それなら指令書もらった段階でお前に言ってる」
「ドーテー卒業した記念か?」
「俺は童貞じゃねえ。あ、でもあいつは絶対童貞だと思う」
「あいつ?」
「ラディッツ」
「誰だそれ」
「いただろ、ほら! 下級のくせに王子とつるんでる奴!」
 その言葉に薄らと脳裏を過ぎる顔がある。下級戦士の中では高い方の戦闘力を買われ、王子の遠征チームに抜擢された者がそんな名前だったか。そういえば、その話も目の前の友人が話していた気がする。
「……ああ、前にお前が言ってた奴か?」
「そいつそいつ。あんな童貞ヤローよりも絶対俺の方が強い」
「何だ、お前王子のチームに入りたかったのか?」
「そっちのが報酬良いだろ? 何つっても王子がいるんだ。どっちにしろ負けやしねえ」
 攻略難易度が高い惑星は高く売れる、と言うのは基本的な不文律で。勿論例外も起こりうるが、価値ある惑星には大抵の場合厄介な先住民が存在していたり、環境が過酷だったりするものだ。戦闘力の高い王子と一緒のチームなら自身の生存率も上がることだろう。ハイリスクハイリターンの遠征であればこそ、最終的に生きて帰ってこなければ意味がない。



 黙って聞いていれば好き放題である。
 ベジータ王子との遠征が至極安全であると誰が言ったのか。同じチームを組んだことがないからこその妄言だろうが、そもそもの前提として、足手纏いになれば放っておかれるということを念頭に入れておかねばならない。戦闘力の高い者が集まるチームで使えない駒は見捨てられる。ラディッツは自身のチームで何度もそのような同胞を見送ってきた。そこに同情はない。ベジータ王子について来れなかった者が悪いのだ。ラディッツ自身も何度も危ない目には遭ってきた。時々の気紛れでベジータ王子が手を差し伸べてくれることもあれば、愉快そうに突き飛ばされることもあった。格上との遠征はチームメンバーよりも、幸運に助けられることの方が多かったと記憶している。
 どうも目の前の浅はかな同胞は、ベジータ王子と一緒に遠征に出れば命の危険は少なく、より良い報酬を得られると思っているようだが、前提が甘すぎる。ベジータ王子はそういう類の生き物ではない。同胞を軽んじているわけではないにせよ、気紛れで自信に溢れ、だからこそ後れを取れば容赦なく捨てていく。
 馬鹿め、安全且つ楽に遠征を終えようとしている貴様が真っ先に捨てられるぞ。……という言葉が喉元まで出かかった。
 しかし、先に二人の会話がベジータ王子からに飛躍した。
「なあ、童貞ヤローも王子も別に俺はどうだっていいんだよ。孕ませ用のメスの任務手伝わされたってことは荷物運び以外に楽しいことなかったのか」
「そうなんだよな。生憎引越しの手伝いだけでさ。他のやつどうだったんだろ。絶対乱交したやつもいると思うんだよな」
「誘われなかったのか?」
「誘われてたら童貞ヤローの話なんかしねえって。何で寝台用意してないのかわざわざ聞いたんだぜ? 別々で寝る気だったらしいぞ。あーあー勿体無いよな。孕み袋にすら手ェ出せない種無しに宛てがわれるよりも、俺たちみたいな若いオスに回してくれりゃ仲間内で可愛がってやるのによ」
 言いやがった。ラディッツは脳内がかっと熱くなった気がした。『孕み袋』──昨日が呼ばれた蔑称。本当に口にするとは。
「だから俺、言ってやったんだよ。童貞ヤローのせいで孕み袋の指令こなせそうになかったら俺呼んでくれよってさ。いつでもヤってやるからって」
「おい」
 自身とをどこまでも見下し続ける言葉にいい加減怒りも限界のラディッツは、彼の肩を掴むと相手が振り向きざまその頬を思い切り殴りつけた。ガヅン、と派手な音が響き、自身の拳にじぃんとした鈍い痛みと痺れを覚える。相手も不意打ちにより大きく体を逸らしてよろめいたが、流石にベジータ王子とのチームを望むだけあって簡単に倒れたりはしなかった。
「痛ェな! いきなり何すんだ!」
「そこそこ思い切り殴ったが、流石に口ばかりデカいわけではないようだな」
「あっ、お前ラディッツ!」
「貴様、ベジータ王子と遠征に行きたいようだな。この俺に勝ったらチームに推薦してやっても良いぞ」
「お前の推薦なんか要るか! 俺の方が強かったら王子はお前追い出して俺を登用するに決まってんだからな」
「手伝うか?」
「いらねーよ! 手出しすんな!」
サイヤ人の文化は弱肉強食。そこに手段は問われない。それでも二対一が評価の上で好ましくないことは事実である。二対一でも負けるつもりは毛頭ないが、頭数を減らす手間が省けるのはありがたい。強者が総取りをする世界で、敗者にポストが残ることはない。それはにとっても同じこと。戦闘力が低く生まれついた彼女にこの惑星で生きていく手段は多くない。身勝手な指令を与えられたり蔑まれたりしながら、それでも生きる選択をした。睫毛を震わせ、血の気の引いた手で、生を掴み取ろうとしている。その姿に強さと健気さを見出してしまったのだ。同情はしないラディッツだが、には共感めいた気持ちを感じる。
 格上ばかりの王子のチーム内で引け目を感じたことがある。スカウターで仲間を覗き見て、戦闘力の大きすぎる差に怯んだこともある。理不尽な命令や不当な扱いへの悔しさは、唇を噛んで押し殺した。昨日のの姿は在りし日のラディッツ自身と同じだった。
 目の前で戦闘態勢になった同胞の言うとおり、ここで負ければラディッツは王子のチームにはいられなくなるかもしれない。ベジータ王子は効率化ばかりを考えているわけではないが、より強い者を側に置く。弱い者を置いたとて彼の惑星制圧についていけないのだから当然の判断なのだ。
 一瞬だけ、時間が止まったかのように空気が凪いだ。ほんの一秒にも満たないその間に、相対した二人の視線が交わる。
「らァッ!」
 先に動いたのは相手の方だった。先ほど殴られた仕返しか、腕を大きく振りかぶる。
「……鈍いな」
 振りかぶられた腕がラディッツを打とうと突き出される。が、ラディッツは素早くその手首を掴んだ。直線的で単調な動きには素早さが要求される。例えばベジータ王子なら、間違いなくラディッツを殴り飛ばしていただろう。真っ直ぐ飛び込んでくると分かっていても早すぎれば躱せないし受けられないからだ。惑星の名を冠した王子の実力は伊達ではない。
 腕を掴まれた相手はすかさず掴まれていない方の拳で殴りかかってくるが、これも腕で受け止め、払い除けた。同時に掴んでいた手首を離すと、相手の腹の中心を蹴りつける。
「ぐぇ……っ」
 相手は呻き声を上げ、腹を押さえて後退りする。戦闘服を着込んでいても衝撃は免れないのだ。続けて素早く近づくとよろめく相手の横面を殴りつけた。一番最初に殴った時よりも派手な音がして、相手は片膝をつく。
「その程度では真っ先に死ぬぞ」
「う、……るせェ!」
 先程いなされたばかりだというのに、またしても真っ直ぐ突っ込んで来る。安い挑発に乗ってしまうほど頭に血が上っているのか。一度当たらなかった攻撃が当たるとでも。と、思ったら今度は気弾を撃ち込んで来た。後ろに飛び退いて直撃を避けたが、ジリっと髪を焦された臭いがした。
「流れ弾で建物を壊すと後が面倒だぞ」
「負けた方が被れば良いだろ!」
「……ほお」
 余程ベジータ王子のチームに入りたいのか、勝つ自信があるのか。恐らくはその両方なのだろうが。あしらわれていることにも気付けないほど馬鹿のようだ。もう良いか。被害の後始末を被る気もあるようだし、早めに決着をつけてしまおう。
 そう思ったラディッツがすっと手をあげた時だった。
 真後ろから放置していたもう一人がラディッツを羽交い締めにしたのである。
「貴様……ッ」
「悪いな。手ェ出す気はなかったんだが、あいつ負けるとスゲー面倒臭いんだよ。このまま負けてやってくれ」
 冗談じゃない。在りし日の自分に似た境遇のを侮辱した者に負けてやるなど……。
「良くやった、そのまま押さえてろ!」
 手助けはいらないと偉そうに言った口元をニヤつかせながら相手が近づいてくる。嗚呼、忘れもしない。あの時を蔑んだ口元だ。ラディッツがそう思った瞬間、相手がラディッツを顔を殴りつけた。
「童貞ヤローが好き勝手しやがって! 暫く遠征には行けなくしてやる」
 ガッ、ガッ、と何度かラディッツを打った相手は、腰に回された尻尾に手を伸ばした。言わずもがなサイヤ人の強みでもあり弱点である。
「コレが無くなったら王子サマの遠征ついていけねぇだろ?」
 掴まれればラディッツも例外ではなく骨抜きになってしまう。自ら切らせるつもりか、嬲った後に千切るつもりか。どちらにしろ掴まれた瞬間にラディッツは敗北したも同然だ。不用意に近づいてくる相手に向かってなりふり構わず足を振り上げる。しかし拘束されているラディッツの蹴りは、容易に躱されてしまった。
「残念、当たるわけねえじゃん。尻尾掴まれたらヤバいもんな。必死かよ」
 誰かの力を借りておいてよくぞそこまで自信たっぷりになれるものだ。いや、二体一だから負けることはないと思っているのだろうか。だとすれば非常に見苦しいことこの上ないが、ある種の関心すら覚えてしまう。それにラディッツが足を振り上げたのには相手を牽制する以外の理由がある。
「いってぇ!」
 直後、ラディッツを押さえていた者が声を上げた。ラディッツがブーツの踵で脛を強打したからである。振り上げた足は目の前の相手に当てるつもりだったのではなく、後ろのものを蹴るつもりだったのだ。
 ラディッツを羽交い締めにしていた力が緩む。その隙を見逃さず、ラディッツは拘束を振り解き、後ろの者の腕を掴んで思い切り背負い投げた。丁度着地点には余裕たっぷりだった相手がいる。恐らくは何故ラディッツが拘束を解いたか良く分からなかったのだろう。呆けたような表情で突っ立っていた。次の瞬間には、投げ飛ばした奴が相手を押し潰していた。二人重なり合って倒れている上に、ラディッツは全体重をかけて乱暴に腰掛ける。一番下になった相手が呻き声を上げたが、意に解すこともしない。
「おい、まだやるか?」
 声をかけたラディッツの頬を掠めるように気弾が撃ち上がる。直接頭を狙ったようだが、腕が動かせる位置になく、ラディッツを掠めるに留まったようだ。ラディッツは相手を一瞥すると、ニヤッと笑って気弾を撃った相手の手首を踏みつけた。
「乱闘騒ぎの怪我でメディカルマシンを使えねえのは知っているな? 手首の骨が砕ければ暫く遠征には行けなくなるぜ」 
「い゛ッ……! い、痛ェっ、おい、止めろ!」
「止めろ? 貴様、俺に命令できる立場か」
 手首を踏む足に更に力を込める。きつく手首を踏みつけられて、相手の掌の色が赤黒くなっていく。
「待ッ……、分かった、俺が悪かった! 離してくれ!」
 負けを認める声が空々しく響いた。呆気ないことだ。この程度で降参していてはベジータ王子との遠征など到底……。いや、どうでもいい話だ。譲るつもりはないのだから。
「……もう俺とに絡むんじゃねえ」
 相手の手首を踏みつけたままで立ち上がると、ラディッツは振り返ることなく当初の目的である食糧輸送庫に向かい始めた。



「ラディッツ……? アンタ、どうしたの」
「別に何でもない」
 帰宅したラディッツをが出迎えた。が、諍いの跡が色濃く残る顔を見て目を瞬かせている。任務外の個人的な争いの場合、余程深い傷でも負わなければメディカルマシンの使用許可は得られない。血の気の多い戦闘民族が、私闘で創った怪我に医療技術を提供していてはキリがなくなってしまう。故に殴られた跡は隠しようがなかった。
「何でもないって顔じゃないじゃない」
「お前には関係のないことだ」
「……そう」
 昨日の今日で互いにやや気まずい空気が存在していることを肌で感じるのか、は無理に言及しなかった。それで良いと思う。彼女の為にやったと言えるほど私怨が混じっていなかったわけではない。憂さ晴らしの機会を得ただけだ。恩を着せるつもりもない。
「……食糧輸送庫に寄ってきた。何か食うか」
「うん……」
 控えめながら頷くは、更に控えめに自らが調理すると買って出た。身の回りのことに無頓着な父親と長く二人だけで生活しているラディッツは、ある程度自身で片付けられるのだが、そう言うならと任せてみることにした。
 あの指令書の効力は彼女が死ぬまで続くと言っていい。死の間際まで肉体的に衰えないサイヤ人は、理論上子を産める期間が非常に長いからだ。互いに望まぬともこの家が既に彼女の家として割り当てられているのであれば、客扱いは却って彼女の為にならないだろうと思ったのだった。
「終わったら呼びに来てくれ」
「分かった」
 炊事場は気にせず好きなように使うことだけを伝え、部屋に戻る。戦闘服を脱ぎ、部屋用の服を着た時に、今日は軽装で出歩かなくて良かったと思った。いや、軽装であったとしても負けることはなかっただろうけれど。
 そして寝台の横に置かれた台の引き出しを開けて、適当に放り込んだバーダック宛の指令書を改めて手に取った。いっそ捨ててしまうか。いや、流石にそれは出来ない。難しく考えずともバーダックの帰還後、と一緒にこれを押し付けてしまえば事は終わる。だけどこれを読んだバーダックがとの生殖行為を受諾せず、代わりをラディッツに要求してきたら?
 不意に昨日のの冷たい指を思い出した。怯えを隠す去勢の裏には、泥水を啜っても生き残ると言う意志がある。手に触れた冷やりとした感触。ラディッツを止めようと拒むでもない、しかし受け入れるには緊張の過ぎる指先。あの指先がラディッツの首筋を頼りなく伝い、胸をなぞり、腹を辿って、躊躇いながら触れるような行為を……。
 一瞬ゾッとするような感覚を覚えて、ラディッツは思考をかき消すように頭を振った。不遜なことを考えてはいけない。この先ずっと同じ家で暮らさねばならないのに、自ら顔を合わせ辛くなるような思考をしてどうする。
「……ラディッツ、入っても良い?」
 突然扉の外からかけられた声に、ラディッツは文字通り飛び上がるほど驚いた。まだ呼びに来るには早過ぎるだろう。慌てて引き出しに指令書を放り込み、扉を開ける。
「何だ」
 平静を装えていただろうか。声が上擦りそうになる。
「知ってるかもしれないけど、あたし家も財産も取り上げられて、殆ど何も持ってないの」
「……それがどうした」
「お礼なんて、こんなことしか出来ない」
「礼……? 一体何の話だ」
 するとがそっとラディッツの頬に手を当てた。
「ごめん、女友達に片っ端から連絡取っちゃった。そしたら二、三人くらい今日の諍い見た子がいたの。見たってだけで声は聞こえなかったらしいけど……。でも争ってた全員の特徴聞いて、ラディッツと昨日の奴だったんだって分かって……」
「別にお前の為じゃねえ」
「良いの。ラディッツが勝手に戦ったって言うなら、あたしも勝手に喜んでるだけだから」
 頬をさする手が離れ、ラディッツの腰に回される。ぎゅう、と体を寄せてがラディッツに抱き付いたのだ。
「ありがとう」
「ッ、……分かった、だから離れろ……」
 不遜なことを考えていた矢先に、このの行動は何だか拙い。ラディッツはの肩を掴んで剥がそうとした。しかし彼女は更に力を込め、二人の間の隙間がなくなるくらいぴったりを体を押し付ける。
「どうしても嫌……? あたし、名前しか知らないバーダックよりも、ラディッツと先にしたい」
「な、何を言っている」
「ね……シよ」
 腰に回されたの手が、ラディッツの尻尾の付け根を軽く撫でた。先程感じたゾッとした気分が蘇り、思わず尻尾が毛羽立つのが分かった。
「尻尾ふさふさだよ。ここ、気持ち良い?」
 二度三度と尻尾の付け根を撫で回される。そんなことをされると更に尻尾の毛が逆立ってしまう。ラディッツは思わず片手で顔を覆った。
 嫌がるメスを無理やりというのは趣味じゃない。流石に去勢の区別くらいつくはずだ。しかし見上げてくるの視線はたっぷりと熱が篭っていて、昨日の様子とはまるで違う。彼女は本当に俯いて睫毛を震わせていたと同一人物なのだろうか。
「もっと気持ち良くしてあげる」
は戸惑うラディッツの手を引いて寝台に導くと、その上に深く座るよう促した。そして自身はと言うと、ラディッツの膝の上に向かい合って座った。
 近い。こんな間近に肉親でもない者を見たことがない。それも恐らくは自身より若いメスなど……。
「目を、閉じていて。怖くないから」
 ふわ、との腕がラディッツの首に回される。何をする気だと身構えていたら、近付いてきたの唇がラディッツの唇をほんのちょっぴりだけ食んだ。柔らかな感触が掠めた一瞬、何をされたのか分からず、ラディッツは目を瞬かせる。
「あん、目瞑ってよ。じっと見られるの、照れる」
 じゃあ改めて……。と、がもう一度顔を近付けてくる。しかしラディッツは彼女の肩を掴むことでそれを阻止した。
「待て! 俺は指令書のことは何も知らねえ!」
「じゃあ教えてあげる。あたし、バーダックの子供か、ラディッツの子供を生むためにここに配属されたの。で、あたしはバーダックよりもラディッツの子供が欲しいなって思ったから、バーダックの留守中にラディッツと既成事実作ろうとしてる途中。理解できた?」
「馬鹿か! 俺が知らなけりゃお前はこんなことせずに済むんだぞ! 礼なんぞいらねえから早く降りろ」
「でも、あたしがラディッツとしたいから仕方なくない?」
「……ハア?! し、したいって、お前」
「さっきも言ったでしょ。名前しか知らないバーダックよりも、優しいって分かってるラディッツが良いんだってば」
 言いながら、そっとラディッツの胸元に甘えるように頬を擦り寄せる
「お礼なんて言ったけど、それを口実にしようとしただけだよ。理由なんて何でもいい。何なら指令書のせいにして、捌け口にされたって……」
「黙れ!」
 自分でも予想外の大声が出てしまい驚いたが、目の前のはもっと驚いたようだった。ぎくりとした様子で唇を閉ざす。
「見損なうなと昨日言った」
 指令書を盾に逆らえないメスを食い物にする──脳裏にあのニヤニヤ顔が過った。戦闘力が低く生まれつき、生きる糧を得るための手段が限られている相手であるが故に下に見る。自身と比べて劣っていると断じ、好き勝手振る舞う。そんな性根を持つ他人に対してとやかく言うつもりは毛頭ないが、一括りにされるのは甚だ心外だった。
「俺はお前を食い物にはしねえ。……だから……今からすることは、親父の指令書を読んだからではなく、俺の意思だ」
 の肩を掴む手にぐっと力が篭る。僅かに躊躇いを覚えつつも、ラディッツはその肩を自身の方に引き寄せた。そしてやんわりとの唇にかぶりつく。暖かくて小さな感触にかぷりと。
 そっと離れた時、目を閉じていろと言っていたはずのが目を見開いて固まっていた。何かを確かめるように自ら唇に触れ、呟く。 
「……ラディッツの意思……」
「……拒むならいまのう」
 ラディッツが言い終わるよりも先にが覆い被さる勢いでラディッツに抱きついた。勢い余ってひっくり返されそうになるラディッツを後ろの壁が支える。絡みつくように押し付けられる体を、やんわりと抱きとめるとの腕が一瞬ぴくりと反応する。そして、ラディッツの耳元に寄せられた唇が熱い吐息とともに囁いた。
「キスだけじゃ嫌。ラディッツになら、何でもされたい……」
 ふんわりとした感触がラディッツの太股の辺りを柔らかく撫でた。目で確認せずともそれが一体何なのか瞬時に分かる。の尻尾がラディッツの肌の上を這っているのだ。先ほどのラディッツに負けず劣らずふかふかとした毛並み。
 嗚呼はこんなにも、と考えるより先に衝動がラディッツの体を動かした。細い腰を抱いたまま、もつれ合うように寝台の上に二人で倒れ込む。そのままどちらからでもなく唇を触れ合わせた。
「ン……っ」
 先ほど交わしたような意図を探り合うキスではなく、もっと明確な欲求のままに舌先を伸ばす。唇を舐めて催促すると、は素直にラディッツの舌を飲み込んだ。
「……んぷっ……ぅン……、ん、……」
 何度も角度を変えてはの舌をしゃぶり、混じり合った唾液を垂下する。押さえ込まれたの唇の端からは、上手く垂下出来なかった雫が伝い落ちていった。
「はー……っ、舌先、痺れちゃう……。皆にこんなことしてるの……?」
「……皆、とは」
「ううん、良い。やっぱり聞きたくない。それより見て、あたしの尻尾……。キスだけでこんな風になっちゃったよ……」
 体を起こしたが、尻尾をくねらせて見せてくる。毛並みが逆立ち、太く毛羽立っていた。とてつもない興奮を感じている証だ。小さく喉を鳴らしたラディッツがその尻尾の先端辺りを軽く掴む。そして毛並みに沿ってゆっくりと撫で上げた。
「あぅうん……気持ち良い、あたし、尻尾、弱くって……」
「サイヤ人なら誰でも弱い」
「ラディッツも……? あたしも撫でていい?」
 の求めには返答の代わりに尻尾を差し出した。と似たような状態になっていることに僅かな羞恥を覚えないわけではないが、それよりも彼女の手に撫でられるという好奇心が勝った。
「あは……すごい……ふかふか……。あたしでエッチな気持ちになってくれたってことだよね」
「いちいち確認するな……」
「嬉しいんだもん。もっとエッチな気持ちになって……。うんと興奮して気持ち良くなって欲しい……」
 優しくラディッツの尻尾を掴んだが、やはり毛並みに沿ってラディッツの尻尾を撫で上げる。今まで弱点として掴まれたことはあれど、こうして慈しむような手付きで撫でられるのは初めてである。瞬間的にぞわりとした感覚が背筋に走った。冷たく鋭く、しかし紛れもなく快感と呼べる感覚だった。
「うっ……」
「気持ちい? これ好き? 毎晩だって撫でてあげるよ」
 まるで内緒話をするかのように、ラディッツに顔を近付けて甘い誘いを呟く。二人きりのこの部屋で交わされるこの会話を、一体誰にはばかるというのか。それとも、これがメスの常套手段なのか。
 やられるだけというのは何だか悔しい。ラディッツも改めての尻尾を何度も撫でる。すると時折腰を跳ねさせながら、うっとりと目を閉じるのである。
「んンっ……ラディッツ、上手……」
 ただ撫でるだけの行為を褒められるというのもくすぐったい妙な気分だ。無防備に近付けられたの頬にそっと唇で触れると、彼女も甘えるように体を寄せてくる。その体を抱き寄せて、服の裾から指先を滑り込ませた。そして、その服を指先で持ち上げてみる。もし嫌がる素振りを見せるなら止めるつもりで、焦れったいくらいにゆっくりと……。
 しかし、は嫌がるどころか、焦れたように自ら衣服を捲り上げたのである。ふっくらとカーブを描く柔らかそうな胸がラディッツの目の前に晒された。
「触ってみて……」
 手の中のの尻尾がするりと逃げていく。代わりにの手がラディッツの手を胸の上に導いた。柔い膨らみに指が埋まり、その形を変える。
 初めて触る生の肌の感触にラディッツはこれだけで猛烈な興奮を感じたが、
「あっ、あぁぁ……」
 合間合間に上がるの淡い喘ぎ声に、更に気分が高揚する。滑らかな肌は掌に吸い付くようだ。いつまでも触っていたい。ふにゅふにゅ捏ね回していると、やがて掌に尖り始めた乳首の感触が触れるようになった。
「あぁっ……!」
 軽く抓み上げただけで、は鋭敏に背をしならせる。眉を下げて目を細める様子が、彼女の性感を色濃く浮き上がらせる。ラディッツは思わず股間を手で押さえた。尻尾を撫でられている時から勃起は収まることを知らず、更に主張しようとしていることを知られたくなかった。
「……どうしたの、苦しい……?」
 視線で示唆されるも、上手く答えられない。ただ気まずい気持ちで視線を逸らすだけである。
「ね、触りっこしよ。隠さなくていいから……」
 そう言われても素直に従えるはずがない。しかしは優しくラディッツの手に手を重ねると、巧みに優しく指先を絡めとってしまった。そして空いた方の手で布越しに、男性器の先端を柔く握る。
「ま、待て…………」
「どうして……? 気持ち良くない?」
 遠慮がちな手を上下されてラディッツは息を飲んだ。
「ほら……ラディッツも触って……」
 胸の上で動きを止めた手を示唆される。続きを促されているのか、と膨らみをやんわり掬い上げるように持ち上げた。先程抓み上げた乳首が充血して膨らんでいる。片手は今もが取っている。解くことも出来るが、それは何だかしたくない。
 僅かな逡巡の後、ラディッツは唇での乳首を甘噛みした。
「ああぁ……」
 鼻にかかった甘い声が上がる。食むだけでは飽き足らず、ねろりと唾液を含ませた舌先でゆっくり捏ねるとは腰をくねらせて背をしならせた。しなやかに揺れる腰が一層いやらしく見える。誘われるままに舐めしゃぶった。
「あぁ、ん……っ、やぁ……、あぁぁ」
 嗚呼、甘やかな肌だ。こんな舌触りのものを口に入れたことは無い。ちゅっと音を立てて軽く吸ったら更にビクビクと体を躍らせる。
「はーっ……はー……っ、あー、っ……」
 ラディッツの性器を掴んでいるの手の動きが早くなる。自身が触り合おうと言ったのだから、きっとその延長なのだろう。しかし布越しとは言え上下運動を続けられれば段々と気持ち良くなってきてしまう。それでなくともが自身の下腹部を扱いていると思うと、背徳感のような後ろ昏い興奮が首をもたげるというのに。
「はっ……、もう、放せ……」
「……触られるの、嫌?」
「そうじゃない……」
 そう、の手に導かれてしまうのは本意では無い。後にそういう機会があれば好きにさせても良いかもしれないが、今は……。ラディッツがの胸から手を離し、おへその辺りに指先で円を描く。そのままゆっくりとお腹の中心を辿りながら、足の付け根の方におろされた指が太股の方に逸れていった。そして膝まで達したところで、大きな掌が膝をひと撫でしたかと思うと、今度は逆に掌が太股の方に登ってくる。そして何かを催促するように内股を撫で回し始めた。
「あ……」
 暗にこの先に進もうという行動に、は大人しくラディッツから手を離す。そして寝台の上に仰向けに倒れた。その行動は好きにしろという意思表示が体現された姿にも見え、ラディッツは脳内が熱を帯びるのを感じる。夕闇で薄暗くなってきた部屋で、ぼやけた彼女の輪郭を確かめるように足の間に手を伸ばした。
 の下穿きの中心がじっとりしている。それでなくとも隠しきれない発情したメスの香りが微かに漂っていて、確認せずとも分かってはいたが。
 濡れた部分を指で前後に擦ると、ぬるぬるとした感覚が布越しでも伝わってくる。嗚呼、今からここを犯すのか。の拙い愛撫だけで痛いくらいに勃起させている部分で。指先から伝わるの体温に不遜な想像が浮かんでは消える。
 暫くして足の間を何度も指先で往復され、ひっきりなしに吐息混じりの喘ぎ声を上げていたが突然ラディッツの手を掴んだ。
「……ラディッツぅ……」
「何だ……」
「そこは……その、あ、あたしばっかり……気持ち良く、なっちゃうよォ……」
 気まずそうに視線を逸らしながら、は自ら下穿きを下ろし始めた。突然のことにラディッツは驚いたが、止めることは出来ずその挙動を見つめる。愛液に濡れてしまい、すっかり機能不全になった布から、艶かしく足が抜かれていく。は不要になった下穿きを寝台の下に捨てると、膝を立てて足を大きく開いて見せた。
「ね……ラディッツも……ここで気持ち良くなって……」
 押し開かれ、ラディッツの目の前で充血した粘膜がくぱりと口を開いている。随分狭そうなそこに自身のものを押し込んでしまって大丈夫なのだろうか。気遣う気持ちが湧き上がる一方で、先程に緩く擦られていた性器の先端がじぃんと疼く。無意識にラディッツは獣のように喉を鳴らした。
 にじり寄っての膝を押さえ込み、取り出した男性器を押し付ける。ぬかるんだの粘膜が触れた。想像以上に柔らかくて、想像以上に熱を帯びている。
「これは……すごい感覚だな……」
 にゅる、にゅる……と腰を揺らめかして、彼女の膣口を先端で探る。じっとり熱い粘膜の奥を擦りながら突いていると、不意に窪みに引っかかるような感覚があった。先端がぷちゅりと僅かに吸われたかのような感覚さえも。
「……ここが……」
 自然に乾いてくる唇を、ラディッツは無意識に舌で舐めた。その仕草を見たは、獣が獲物を前に舌舐めずりする様を想像してゾクリとする。それに加え、ラディッツが焦れったく腰を使ってぬくぬくと先端だけをゆっくり埋め込んでくるのだ。堪らずの子宮が期待に痛いくらい縮み上がる。
「あぁ……待てないよォ……。思い切りシて。我慢しないで、乱暴に犯してぇ……」
 の足がラディッツの腰を捕まえるように絡みついた。ぷっくりと濡れた唇から溢れる言葉が貪欲に誘う。膣の内側が先端を飲み込んだだけでも爪先が震えるほど気持ちが良いのに、この先に進んだらどうなってしまうのだろう……。恐ろしさ半分と好奇心半分で、ラディッツは誘われるままずぶずぶと楔を突き立てた。
「──うあ、……あぁ……」
 じっとり熱く、柔らかくて深い、とんでもなく気持ちの良い感覚に包まれて声を上げそうになるのを必死で堪える。に情けない声を聞かれたくない。ラディッツは奥歯をきつく噛み締めた。
「あはぁ……すごいよォ……深いの、ラディッツが……こんなに奥まで……」
 はぁはぁと荒い呼吸でうっとりとした声を零す。息を吐くたび白い下腹が波打っては規則的に体内が蠢く。にゅるりと濡れたその粘膜が戦慄くたびに、腰が抜けそうな感覚がラディッツを襲った。
「ああ、待て……ッ、腹の中を……、動かすんじゃ、ねえ……ッ」
 内側が敏感な先端をねっとりと含んでは強弱をつけて舐めているようだ。狭い膣壁に陰茎が擦られると脳髄が痺れるように気持ち良い。
「う、く……ッ、はっ……、はっ……」
 自然と呼吸が浅くなってしまう。昂る気持ちを落ち着かせようと深く息を吐いて、視線を下に落とした。すると、気持ち良さそうに目を細めると視線がぶつかる。
「あは……ラディッツの……おっきくて、あたしのナカ、いっぱいになっちゃったね……」
 ほら、と彼女の手が下腹をゆったりとさすって見せた。彼女の内側の何処までを埋めているのかは分からないけれど、今、間違いなく体内で繋がっていることだけは良く分かる。落ち着こうとしたはずなのに、それを理解した瞬間、再び体の奥に火がつけられた気がした。
 の右足を無造作に持ち上げ、更に深く繋がろうとラディッツは腰を揺らめかした。ぐっぐっと規則的に押し込むと、突き上げた瞬間のナカが一層収縮するのが分かる。
「あっ、あっ! あぁ! あー……ッ、気持ちィ、もっとォ……!」
 爪先を震わせて寝台の敷布をきつく掴んでいる。髪を乱す様子が妙に艶かしく、もっとと求めるなら……と、ラディッツはの腰を掴んで更に打ち付けた。
 何だこの感覚は。脳が灼ける。体の下で喘ぐいたいけなメスを孕ませてしまえと本能が衝き動かしてくる。
「う……っ、は……あぁ……」
 ぞぞっと腰から冷たい快感が這い上がる。の膝を押さえつけ、覆い被さるように身を乗り出して乱暴に求めた。
「あっあっあっ激しいよォ……! 奥ゥ、奥クるのッ……!」
「お……あ、ァっ……」
 知らず、ラディッツの背中がしなる。気持ち良くて熱い。もっと深く飲み込んで欲しい。気持ち良い、気持ち良い。めちゃくちゃに腰を遣いながら快感を追いかけていたら、不意にの体内が大きく波打った。
「くう、ん……ッ、そこは、だめだよォ……」
 掴んだの爪先がぴんと突っ張る。
「あーっ、あっ、だめ、やめ……っ」
 眉根を寄せ、苦しそうに嫌々と頭を振って見せるが、喘ぎ声はずっと甘いままである。
「ッ……は、……ここは嫌か」
「やだ、あっ、やだったら……!」
 わざと勢いをつけて打ち込んだら、は仰け反りながら腰をくねらせて見せる。あからさまに態度が変わったようだ。
「だめぇ……っ、あー、あぁっ、だめ、だめ……」
「嘘吐きめ……白々しいぜ……っ、うう、っ……はぁ、はぁ……あぁ……堪らねえ……」
 ねっとりと絡みつく膣壁が更に断続的に狭窄する。熱くて柔らかくて蕩けそうだ。いや、脳内は既に溶け出しているのかもしれない。込み上げる射精感に肌が粟立つ。
「はっ、あは、ッ……、ラディ、……ツ……」
 不意に体の下のが手を差し伸べてきた。意図は汲み兼ねたが、反射的にラディッツもの体をきつく抱いた。同時にの唇にかぶりつく。
 強引に押し入ってきたラディッツの舌先がの口内を蹂躙する。苦しくなる呼吸の合間にちゅうっと舌をしゃぶられては重苦しくも腰を跳ねさせた。
「んン、あっ、イ、くぅ……っ、イくっイくっ……!」
「う、あ、ッ、待て、あ、ああっ……!」
 の背中がしなり上がった瞬間、体内がきゅううううっと収縮した。思わずラディッツも背をしならせる。腰から這い上がる冷たい快感の波に視界がぼやける。気付けばがくがく腰を震わせながら、の体内に思うさま射精していた。
「はっ、はっ…………嘘だろ……う、は……」
 びゅ、びゅっと断続的に何度も射精しているのが分かる。その度に爪先が痺れるほどの快感が何度もラディッツを襲った。
「はー……はー……、あったかい……。ラディッツ、凄かった……」
 体の下でうっとりと感想を述べられてしまい、今更ながら物凄い羞恥心を覚える。何だかんだ理由をつけていたくせに、結果的にとこんなことになってしまっているではないか。
 慌てて体を離そうとしたが、それをの腕が阻んだ。ゆったりとラディッツの胸に顔を寄せてくる。
「もう少し、こうしてて欲しい。……良い……?」
「! ……、好きにしろ……」
 逡巡しながらも肩を抱き寄せると、は素直に体を預けた。先程まで抱いていた体温が蘇る。暖かくて柔らかで、甘やかなの香りがする。暫く二人は無言で寄り添っていたが、不意にが小さく呟いた。
「ご飯……何作ろう。どんな食材貰ってきてくれたの」
「どんな……適当に選んだから詳しく覚えてねえ」
「何が好き? 好きなもの食べて欲しいな」
「何が……そうだな、俺は……」
 ふと、もう何年もこんな話を誰かとしたことがないことに気付く。母親や弟が存命の時はとりとめのない話も多かったかもしれないが、既に記憶の彼方である。父親はラディッツを無碍にはしなかったものの、明るく会話をするというタイプではなかった。既にラディッツも成年体となった今、父親と無用の会話は多くはない。
「……あたし、とっくに両親と死別してるんだよね。ずっと独りだったから、こういうの話せて何だか嬉しい……」
 ぽつっと呟かれた言葉にラディッツは目を瞬かせる。奇しくも同じことを考えていたのか。
「ラディッツにはまだお父さん残ってるけど、あたし兄弟もいなかったから。父親の妹に当たる人が面倒見てくれたんだ。でも成年した時に独立することにしたの」
 寂しそうな声色に、彼女の半生を見た気がした。いや、それはラディッツの勝手な憶測なのだ。五体満足に生きているということは、それなりにちゃんと面倒を見てもらっていたことに間違いはないと思う。この先はラディッツの想像でしかないが、血を分けた肉親を喪ったことへの寂寥感が彼女の声色を変えただけのはずだ。
 しかし、今こうしてがラディッツと抱き合っているのは指令書の効力なのか。彼女があんな指令を甘んじて受けなければならない部分に、ある程度の薄暗い生い立ちの匂いを感じずにはいられない。は、自らの肩を抱いて孤独に自分自身を守ってきたのではないだろうか。
「……、お前ずっとここに住むことになると言ったな。お前に下された指令の本当の詳細は知らねえが、例えば俺の親父が後妻を娶ったらどうなるんだ」
「別に変わらないよ。ラディッツのお父さんが結婚しても、ラディッツが誰かと結婚しても、あたしはここで子供を生むだけ。二人とも奥さんとあたしの両方の子供の面倒を見て、奥さんとだけじゃなくてあたしともずっと子作りするの」
 嘘だろう。
 ラディッツがその言葉を飲み込んだのは、が眉一つ動かさず無表情に、本当に淡々とそれを伝えてきたからだ。紛れもなく事実なのだ。人道を外れていると思えど、そこまで種の維持に窮しているのだろうか。種は当然ながら絶滅を望みはしない。しかしこんなことを許してまで永らえようというのも傲慢がすぎる気がする。
「……全文読まなかったの?」
「親父の書面にはなかった。まあ……説明がなくとも、オス側にはさして都合の悪いことはない。食い扶持が増えようが、次代が生まれていれば資源の確保に人員が割ける。上層部もそう思ったんだろう」
 が最下層の下級戦士であればこそ、戦闘以外で使い捨てることにしたというのか。メスであるという理由だけで。とはいえラディッツ自身も一介の下級戦士であることに違いはない。多少高く生まれついた戦闘力だけを買われ、王子との同行を許されているが、明日は我が身である。そんなラディッツがにしてやれることはごく僅かなのだ。
 ラディッツは抱き寄せたの肩をぐっと強く掴んだ。
、俺と一緒になれ」
「え、……?」
「言っておくが、同情じゃねえ。お前が良い。過ごした期間は短いがお前ならと思った」
「……」
 が見開いた目をぱちぱちと瞬かせる。
「……拒むならいまのう」
 ラディッツが言い終わるよりも先にが彼の首に勢いよく飛びついた。既視感を感じながらその体を受け止める。
「本当に良いの? 後悔しない?」
「二言はない」
 今までそんな気持ちになる相手もいなかった。だからと言って誰でも良いと思っていたわけでもなく。今まさに伴侶にしたいと思う相手が目の前にいて、手放して後悔することはあれど、手中にして後悔することがあるわけがない。
「あたしも、ラディッツが良い。……ありがとう」
 どちらからともなく視線が交わり、唇が触れ合った。最中の深く奪い合うようなものではなく、優しくいたわり合うような触れ合いだった。
「でも……それじゃあラディッツのお父さんとの子作りどうしよう」
「無視しておけ。要は子が生まれれば良いんだろう」
「ん……そうだね、じゃあ頑張らないとね」
 はにかんで微笑む姿に、ずくんと下腹の奥が重苦しくなる。
 恐らく、その実現はそう遠い未来ではないのだろうなとラディッツはこっそり思った。


 
 バーダックが帰宅した翌日、ラディッツ宛の指令書は確かに届けられた。聞いていたとおりである。特に何の感想もなく受け取ろうとしたら、持ってきた人物がそれを渡す前に声を掛けてきた。
「ラディッツ、報せがなかったと言うことはバーダックは任務に就いているんだな?」
 ああ、この前の奴か。
 不愉快な指令書の件なら記憶に新しすぎる。結局、バーダックはあの指令書を読んでさえいない。勿論それを隠すことも出来るのだが、そうすると別の不具合が出てくることを知っているラディッツは包み隠さず真実を教えることにした。
「いいや。帰って来たあとはダラダラ過ごしているぞ。早く次の遠征先を決めなければまた勝手なことをしでかすかもな」
「……何? ではあの指令書と任務用の女は……」
「指令書の内容さえ遂行できれば良いのだろう? は俺が嫁にすることにしたから心配するな。そのうち結果も出るだろうぜ」
 じゃあな、とラディッツは手の中の指令書をするりと取り上げると、そのまま歩き去ってしまった。指令書は間違いなくラディッツ宛のものだったので問題はない。
 しかし親が親なら子も子である。勝手にお互いの指令を片付けてしまうなんて……。それでなくともサイヤ人は個人で勝手なことをしたがる傾向にある。指令書が意味をなさなくなってしまっていては、惑星規模で民族を繁栄させるのに支障をきたしてしまうではないか。
「まあ、我らは結果主義だから多少は大目に見るが……。ラディッツの奴も将来的に扱い辛くなるかもしれん……。ベジータ王子と組ませたのは正解だったかもな」
 下級戦士の息子が王子と行動を共にすることはサイヤ人の歴史の中でも珍しいことだ。先を予見した王の判断なのか、実験的なものだったのか。いや、こんなことを考えても未来などは分からない。もしかしたら明日にでも惑星が破滅するような厄災が訪れるかもしれないし、最下層のメスを使った少子化対策に効果が出ず、更に数を減らすかもしれない。そしてその全てが憶測であり杞憂とさえ言える。故に自身は与えられたことをするしかないのだ。それは下級戦士であっても同じこと。勿論最底辺の女であったとしても。



「寂しいな。もう任務なんだね」
「不満ならそのうちお前も遠征に行けるように掛け合ってやる」
「ううん。いいの。あたし、戦闘に不向きだって前から思ってたから。それなら子供とラディッツが帰ってくるの待ってるほうが良いの」
「気の早い話を……。祝言もまだだぞ」
「でも、最優先任務でしょ?」
 早く帰ってきてね、お義父さんと待ってるからね。
 言ってがラディッツの手をぎゅっと握る。初めて触れられた時の、冷たく緊張した指先の感触はもうない。暖かくて愛しいその手を、ラディッツも軽く握り返した。